-花と緑の-
□第二話 『花とパチモン男爵』
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シーンX:邪神の悪夢(4/6)
「待あぁぁぁてえぇぇぇーーいぃぃ!!」
地獄の釜の蓋から漏れるような声がそんなあたしたちを追う。ちらりと一瞥だけをやる。だがそこにニセモグラの姿はなかった。そこにいるのは何をどう間違っても絶対にモグラなんかじゃない。クトゥルフかなんかに出て来る奴だこれ。
荒ぶる邪神と化したニセモグラが地を踏み砕いて跳躍する。涙で滲む視界にその姿を捉えながらあたしたちは絶叫し、蜘蛛の子を散らすように邪神の着地点から這い逃げる。どずずん、と山道が震えると同時、死の螺旋を描く円錐が大地を抉る。逃げて、追われて、避けて、辺りの岩やら木やらがとばっちりに見るも無残な姿へ変えられる。自然は大切にしようね!
這って逃げて転がって、そのまま草むらへと飛び込む。飛び込むっていうか気付いたら草むらだっただけなんだけど。土に塗れて葉っぱに塗れて、ゴロンゴロンとアルマジロのように転がる。世界が回っていた。どっちが空でどっちが地面だったかももう分からない。
「ほぎゃん!?」
だが、その回転が脳髄を直撃する衝撃とともに突然止まる。どうやら太い木に頭からぶつかったらしい。三半規管がぐっちゃぐっちゃでお空は未だにメリーゴーランドであったが。ふらふらしながらも、しかしゆっくりしている場合ではないとこん棒を支えにどうにか立ち上がろうとしてみる。こんな状況でもしっかりこん棒を手放さなかったことだけは評価してほしい。けれど、
「あぎゃ!?」
頭にもっかい痛みが走る。バランスを崩して尻餅をつく。やめてバカになっちゃう。
「だ、だは、だいじょうっぷ、か……ハナ!」
「し、静かに……!」
同じくらいヘロヘロになりながらヌヌとウィザえモンが言う。すぐ近くでは未だにドリルの唸りと怨嗟の声が聞こえていたが、姿は見えなかった。どうやら生い茂る草と木々にあたしたちを見失ったらしい。いや、あのドリルで除草と伐採を続ければその内この辺りも禿げ上がって隠れる場所すらなくなってしまうだろうけれど。静かにしたところで一時しのぎ。問題の先送りに過ぎない。
「ど、どうするのこれ……!?」
「どうもこうも……どうしよう?」
役立たず! 叫びたかったが叫べなかった。あたしは揺れる脳にも負けずに思考を巡らせる。彼我の戦力、地形、状況、情報を集積して分析する。命の危機にかつてないほど脳が活性化する。テストの時にできたらいいのに。多少の雑念が混じりつつも考えに考える。
「あ」
「ん?」
「村の皆は一回追い返したって言ってなかった?」
そうだ、間違いない。確かにそう言っていた。村人に頼ろうなんて勇者の考えじゃまったくないけれど、四の五の言ってる場合ではない。プライドなんてさっきその辺に落っことして来ましたが何か? さあ今すぐ村に逃げ帰るぞ! 閃いたナイスアイデアに、けれどもなぜだかヌヌの顔は晴れなかった。
「いや、ツチダルモンの話聞いた限りじゃ村に来たのは手下だけだと思うけど……聞いてなかったのか?」
マジすか。ごめん。普通に聞いてなかった。泥団子が余りに美味しくて。
「そ、それに、確か村までは小一時間と言っていた気がするが……」
そしてウィザえモンも言う。嗚呼。うん。本当だね。全然ナイスじゃなかったね。ごめん。
ええぇ〜……ええと? もう一度考える。しっかりしろ。頑張れ。目覚めたはずだ。多分。ぐぬぬぬぬと眉間のしわを深く深く刻む。そうして、
「あたっ!?」
また走る痛みに思わず声を漏らす。おいこら、あたしの頭に何の恨みがあるんだ。頭を撫でながら辺りを見る。樹上からあたしの頭目掛けて降って来たらしいそれが目に留まる。あたしはその紫色の物体をそっと拾い上げる。ヌヌがはっとなる。
「そ、それはムラサキマダらんむぐんっ!? あ、おいし」
「もういいわ!!」
気色悪い毒リンゴを思いきり投げ捨てる。ヌヌの口にすぽっと入ってごくっと呑み込まれる。まだあたしを苦しめるのかこの毒物は。あたしが勇者としてまずすべきはこいつの駆除ではなかろうか。まだまだそこらに転がる毒リンゴを見て、毒の余韻に浸る変態を見て、そしてふと、糸屑のような思考の欠片が頭を過ぎる。
「ふ、二人とも……?」
何を思ったかは自分でも分からず、眉をひそめる。だが、そんなあたしをウィザえモンはどうしてか青い顔で見ながら、か細く震えた声を出す。なんだか泣きそうにも見えた。うん?