□第十六夜 琥珀のメモリアル
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16-3 非常の日常(2/3)
音が聞こえた。夢と現の狭間に垂れた蜘蛛の糸のような、余りにもか細く不確かなそれ。指先がそっと触れただけでも消え入りそうで、手繰り寄せることもままならない。私はただ、静かに耳を澄ました。
夢を見た。夜明けのほんの一時に見た、短い夢だった。
迷い惑う意識がまどろみに沈んでは浮かぶ。夢と現の境界までもが揺らぐようで、少しだけ気分が悪かった。
ベッドから起き上がる。ひんやりと心地のいい石畳を数歩、石造りの窓辺へ腰掛ける。外を眺めて、見渡す限りの大海原にふうと息を吐く。
記憶を巡る。今の今まで見ていたはずの夢はもう朧げで、けれど反面、現実の記憶は半ば寝ぼけている割に嫌にはっきりとしていた。
そう、船旅を始めて今日で三日目。この大亀を船と呼んでいいものかは分からないが、ともあれ、順調に行けば今日の内には目的地が見えてくるはずだ。
部屋に備え付けられた洗面所で顔を洗う。快適な部屋じゃなきゃ嫌だと駄々をこねてバスルーム等々と一緒に造らせたものだったが、思いの外よくできている。施工者には戦いが終われば大工にでもなれと今度言っておいてあげよう。
寝室に戻る。壁に掛かった軍服を手に取って、寝巻から着替える。そうして、私は姿見の前でふっと笑みを零す。ジェネラルの正装も中々様になってきたものね、なんて。まあ、デザインには私とマリーが大いに口を出したのでそう堅苦しい格好でもないのだけれど。
「おっはよー、ヒナ!」
部屋を出るとそんな声が横合いから飛んでくる。朝っぱらから元気なものである。私は振り返り、
「おはよう」
とだけ言ってすたすたと歩き出す。マリーはそんな私を小走りで追い掛け、口を尖らせる。
「あーん、待ってよヒナぁ」
「待たない。お腹空いたもの」
溜息を吐く。相変わらず楽しそうね。海へ来てからずっとこの調子だ。そりゃあ私も最初はちょっと楽しかったけれども、三日も経てばそろそろ飽きてきてもいいのではなかろうか。
「あ、今日の朝ごはん和食だよー。シャケだって、シャケ!」
「え? いるの、シャケ?」
「なんかねー、っぽいのはいるんだって」
っぽいのって何だそれ。
「そういえば昨日、クジラっぽいのは見たけど」
「あれデジモンだよ?」
「じゃあ今から食べるのも……シャケモン?」
想像に揃って顔をしかめる。実に平和な、ある日の朝であった。