□第十五夜 極彩のネビュラ
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15-1 氷天の決闘(4/4)

 
 この世のすべてを神が委ねたと、そう錯覚するほどの力の激流。闇を照らす闇。輝く漆黒。矛盾だらけの言葉でしか言い表せないのはきっと、それがこの世界の天理を越えたものである証。世界のあるべき色を塗り替えて、時間の流れさえも嘲笑う。黒の波動の連撃に、悪夢を形作る粒子が呑まれて消えてゆく。

 これで、終わり。……終ワリ? オワリ――ハ、イヤダ。マダ、マダ……キエタクナイ!

「アア、アあアァ……マダ、コンな、ものでぇええ!!」

 黒の奔流の中で絶叫がこだまする。ノイズに滲む声はおよそまともな生き物のそれではない。
 それでも、まだ在り続けたいのか。愛を忘れて、生き方を忘れて。憎悪でしか世界と向き合えず、破滅の明日しか目指せない。歪みきった命なき亡者でも、それでもまだ――

「お前は赦されない」

 ただ一言を以って、翡眼の王はその存在を否定する。

「ユル……されナイ、だとぉ!?」

 悪夢が喚く。耳障りな雑音は鼓膜を刺す針のよう。

「お前、が! 貴方……貴様ガぁ! 俺を否定スルなぁ! 僕はまだ……! 私が……あアアぁ!」

 歪む。歪む。歪む。
 自分が何かも解らない。何の為にあるかも解らない。何処へ行きたかったのかも解らない。
 それでも、それでもなお悪夢は終わらない。

 あぎとを開いて、吐き出すのは怨嗟。飲み込むのもまた怨嗟。周囲にうごめく魔獣の群れが悲鳴を上げて、その身を黒い塵に変えながらベリアルヴァンデモンの腹の中へと――糧と喰われゆく。

 吸収しているのか。いや、分散していた肉体を統合していると言うべきか。つまりはこれが悪夢の魔王・ベリアルヴァンデモンの……そう名乗る何かの、本来の形。

「もう、眠れ」

 さながら暗雲。否、それでは言葉が足りない。例えるなら紙上の染み。空間というキャンバスに零れ落ちた墨。とでも、形容すべき暗く黒い何か。
 四肢などなく、臓器などなく、生き物の形を為してもいない。翡翠の瞳に点るのはただ憐れみの色。
 膨れ上がる。肥大する。天を衝かんばかりに高く高く。

「せめていい夢を見ろ」

 聳え立つ悪夢を見上げて、翡眼の王はゆっくりと左手をかざす。そうしてその目が不意に、私を捉らえて静かに瞬いた。物言わぬ翡翠に、けれど私は迷いなく頷いて、手の中の端末を掲げる。
 ええ、分かっている。すべきことは、心が知っている。さあ――
 
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