□第十四夜 翠星のアジュール
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14-2 翡翠の覚醒(5/6)
「くくく、驚くことはあるまい。エイリアスのようなものだ」
話す声は外ならぬベリアルヴァンデモン。魔獣の口を借り、嫌らしく笑ってみせる。
「傀儡の目を通し見ていたが……くく、余程気になるらしい」
「ああ? 何言ってやがる?」
眉を吊り上げ、僅かに苛立った声を上げる。ベルゼブモンは無意識に歯列を鳴らし、魔獣を睨み据える。そんな態度がそのまま答え。どうやら図星をついたと、ベリアルヴァンデモンは満足げに息を吐く。魔獣を通しその口元が緩む。
どれ、ならば答え合わせといこうか。なんて、黄土色の目がぎょろりと滑る。捉えたのは――
舌打ち。銃声。行動を起こそうとした魔獣の足元を狙い撃つ魔弾の群れが、氷の大地を貫き、巨体を支えるその足場を砕く。バランスを崩して魔獣は膝をつき、下腹部のあぎとから毒々しい紫紺の霧が漏れる。その脇を、ベヒーモスがすり抜ける。
狙いは、私か……!
「ほう、よく止めたな。いい判断だ」
褒めてやろう、と嘲笑する。
魔獣の足元に流れ落ちた霧が氷原を溶かして穿つ。見た目そのまま毒の霧か。確かに何の備えもなしに発射されては回避は困難。だけど、
「離れて、ベヒーモス!」
叫ぶ。応えてベヒーモスはエグゾーストを轟かせ、魔獣から距離を取る。手が分かっていれば避けられない攻撃ではない。
「大丈夫……だから、構わず行って!」
悪路にがくがくと揺られながら、精一杯声を張る。今更、ここへ来て足手まといになんてなりたくない。利用されるなんて真っ平だ。
そう、強く眼差しを戦場へ向ける。遠く悪夢の魔王を睨みつけ――けれどそんな私を、当のベリアルヴァンデモンはもはや見てもいなかった。
私を庇うと、これまでの戦いで半ば分かりきっていたことを、再確認できればそれでよかったのだ。本当の狙いは、
「では、こちらはどうかな?」
「……え?」
醜悪な笑みが捉えたのは、先の戦いで氷原に倒れ伏したままの、マリーだった。
「庇うか、捨て置くか、まあどちらでも構わないがね」
ぎり、と鋼を擦るような歯牙の軋み。一拍の思考。ベルゼブモンは走り出す。ほぼ同時に魔獣が毒霧を放ち、二人の姿が、紫紺に消える。
「マリーっ……インプモン!?」
血が冷める感覚。静まる旋律。私の叫びが虚空へ溶けて――そして、暮れの薄闇に似た霧の中、偽りの組曲が終幕を告げる。