□第十四夜 翠星のアジュール
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14-1 日向の物語(2/2)
雑音が聞こえた。遠く、小さく、虫の羽音に似たノイズだった。それは蝿の王の断末魔。それは孤高なる王の孤独な叫び。それは、すべての始まり。
苗床を見付けた。肥やし、耕し、水が撒かれた。種もないのに構いもせず。
音が聞こえた。ノイズは次第に薄れていった。耳障りで、頭を刺すようなそれがいつか、か細く響く誰かの声であることを知った。弱々しく助けを求めるようで、放っておけと強がるようで、どうしていいのか分からなかった。
種を見付けた。不格好に欠けた、芽吹きそうもない種だった。
旋律が聞こえた。ひとりぼっちでオーケストラを奏でるような、余りにも不出来で不完全な音色。無謀と呼ぶのもおこがましい、危なっかしくて聞いていられなかった。
欠片を見付けた。失くしたピースがようやく揃った。そっと、掌に掬い上げた。
迷って、苦しんで、傷付いて、それでも弱音を吐かなかった。立ち止まることもせず、足を引きずるように歩き続けた。それがもどかしくて――嗚呼、しょうがないと、手を取った。
一歩を踏み出せば足は自ずから前へと進んでいく。歩いて、走って、ともすれば飛び立ててしまえるのではないかとさえ思えた。
産声を上げる。生まれたばかりの不格好で不器用で、放っておけないそんな旋律。小さな芽を優しく撫でる。手と手を取り合って、あの空と地平の果てを、この夜と悪夢の終わりを目指して走り出す。たとえその路がどんなに暗くても、険しくても、遠くても、闇の空に瞬く翡翠の一番星が、きっと道標になってくれるから――ねえ?
「ベルゼブモン」
名を呼べば返す笑顔はどこまでも晴れやかで、夜など疾うに明けているのではないかと、そんな気になった。
ふふ、と微笑んで、お腹を小突く。本当は頭といきたいところが、随分と大きくなってしまってもう手は届きそうもなかった。こつんと、黒鉄に似た硬い感触が私の手に返る。
私は翡翠の瞳を見上げて、
「何を格好つけてるのよ、インプモン」
そう、笑いかける。翡翠の瞳の王は肩をすくめてやれやれと溜息を吐く。
「締まらねえなぁ。格好ぐらいつけさせてくれよ」
「あら失礼」
後ろ頭を掻きながらふいと顔を逸らす。そんな、大きな子供のようにいじける魔王殿の背を強く叩いて、私は声を張る。さあ――
「頼んだわよ、ベルゼブモン!」
「はっ! おおよ、任せとけ!」