□第十四夜 翠星のアジュール
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14-4 遊星の志士(3/4)

 
「く、くくく……いいぞ、実にいい」

 魔獣の群れを相手取り、隙を見付けては自分に掠り傷を与えてくる。諦めを知らず、希望を手放さず。そんな翡眼の王をさも滑稽とばかりにベリアルヴァンデモンは嘲笑する。込み上げる笑いに声を震わせながら。

「嗚呼、君は何と素晴らしい道化役者なのだろう。終幕の舞台に君ほど映えるものもいまい……!」
「褒め言葉として取っておいてやるよ」

 舌打ちを一つ。魔獣を切り裂き射線をこじ開ける。砲を構え、ふざけたにやけ面へ一撃を放つ。そうして、また舌を打つ。
 何匹殺したろう。万か、億か。いまだ終わりは見えない。厄介な敵だ。いや、思えばずっとそうだったな。楽に勝てた戦いなんてない。

「そら、どうした! 死力を尽くし給えよ!?」

 一瞬、翡翠の眼の焦点が逸れる。戦いの中に敵を忘れるように。舐められたものだとベリアルヴァンデモンは両肩の生体砲から赤い霧を放つ。血の色の霧は意思を持った羽虫の群れの如く空を翔け、瞬く間に翡眼の王へと迫る。

「ああ、悪いな」

 黒翼が氷天を打つ。巻き起こる風が王を守護する騎士のように血の霧の侵攻を阻み、刹那、散る霧の膜を貫いて黒の波動が一閃する。

「少し考え事をしていた」
「くはは! 随分と余裕ではないか!?」

 しれと、言い放つ翡眼の王にベリアルヴァンデモンの目の色が僅かに変わる。嗚呼、気に入らない、と。
 焦燥感が足りない。悲壮感が足りない。絶望感が足りない。生と死の瀬戸際で足掻く虫けらの、無様な姿が見たいのに……!

「見せてくれ給えよ……なあ? 道化は、道化らしく! この喜劇に相応しい醜態を!」

 血の霧を撒き散らす。同時に魔獣の群れをけしかける。魔獣たちは肉を腐らせ骨を溶かす死の霧の中、絶叫を上げながらその牙を剥く。端から朽ちた身。お構いなしか。
 纏うように、引き連れるように。霧とともに襲い来る魔獣たち。翡眼の王は翼を繰り、近付き過ぎず、離れ過ぎず、神経を削るような繊細な飛翔を以って攻防を繰り返す。一匹、また一匹と魔獣を葬る。その度に新たな魔獣が生み出されてもなお、勝利を目指して突き進む。

 幾度かの攻防を交わし、そんな時ふと、黄土色の目が遠方に何かを捉える。途端、微笑が漏れる。

「成る程、あれが君の切り札というわけかね」

 合点が行ったと冷笑する。そう――ようやく役者は、揃ったのだ。
 
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