□第十四夜 翠星のアジュール
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14-4 遊星の志士(2/4)
「やった!?」
遠い空に肉片を散らすベリアルヴァンデモンを目にし、マリーが声を上げる。
翡眼の王の爪は深く深く、悪夢の権化を切り裂いて――けれど、
「まだ……!」
傷口から黒い粒子に変わるベリアルヴァンデモンはしかし、自らの命にすら届くはずの一撃を何事もないかのように嘲笑う。千切れ飛んだ腕は宙に浮いたまま体を離れることなく、臓物をえぐる爪痕から漏れ出るのは鮮血ではない。
例えるなら、死肉にたかる蟲の群れ。
「おお、痛い痛い」
なんて、わざとらしく首を振る。
「くくく、安心し給え。効いていないわけではない」
一言一句をゆっくりと、年端もいかぬ幼子に話して聞かせるように。柄のない曲刀に似た口元から、あるいはその皮膚の微細な穴という穴から、ベリアルヴァンデモンの全身より涌くのは黒い何か。
「何よ、あれ……」
誰にともなく問うマリーの顔は、嫌悪感に歪む。
蟲、蟲、蟲。うごめく無数の黒い蟲が悪夢の魔王を取り巻いて、否、恐らくはそれそのものを為しているのだろう。ベリアルヴァンデモンという存在は、一個の生き物ではない。
負の感情を糧にすると、そう言っていたか。あの蟲の群れはその具現。いや、当人にすらもう理解できてなどいないのだ。餌となっていたのが、喰われていたのが本当はどちらであったのか。ベリアルヴァンデモンのルーツ、存在の基盤となった名も知らぬ誰かは疾うに蟲たちの腹の中。
彼は、彼らは果たしてどちらを指してその存在をベリアルヴァンデモンと呼んだのだろうか。答えはもう、誰にも分からない。
「今のを万ほども繰り返せば、さすがの私とてひとたまりもないだろうなあ。くくく、怖い怖い」
とは、きっと事実をありのまま語っているのだろう。あの蟲の群れを殺し尽くさぬ限り、私たちに勝利はない。
「さあ、フィナーレだ。力の限り踊り給え」
輪郭も朧げな顔を歪める。同じ蟲が形を変えただけの分身体、自らの一部たる魔獣を繰り、これで仕舞いとばかりに大口を開けて笑う。
わらわらと再び群がる魔獣たち。ち、と舌打ちが零れた。翡眼の王は眼差しを強く、魔獣を一瞥するとベリアルヴァンデモンを見据えて左手を真っ直ぐに突き付ける。翡翠の瞳に、影は差さない。
「だったら万ほどやるだけだ。お望み通りな!」
空が軋む。夜闇の翼が風を打ち、咆哮が高らかにこだまする。