□第十四夜 翠星のアジュール
13ページ/19ページ

14-3 新星の戯曲(4/4)

 
 雄叫びが凍る空へとこだまする。黒の波動が魔獣を討ち、その影に潜む悪夢の魔王へ追い縋る。一撃、二撃、波動に空が軋む度、魔獣の断末魔が響いて、翡翠と黄土の眼光が矢のように飛び交う。
 もはや魔獣は敵ではない。だが、尽きることを知らないその圧倒的物量は今この時に置いて、これ以上ないほどの脅威となる。刻限を待つ。ただそれだけでベリアルヴァンデモンは勝利を手にすることができるのだから。

「くく、疲れたなら休んでもいいのだぞ? 幾らでも待ってやろう」
「は! 待ってほしいなら素直にそう言え!」

 戦いの狭間に短く舌戦を交わして、また飛翔する。
 魔法陣より来たる魔獣、それを屠る黒の波動。徐々にではあるものの後者が前者を上回り始め、魔獣はその数を僅かずつ減らしている。けれど、それは余りにも緩やかな比率で、翡眼の王は未だベリアルヴァンデモンへ辿り着く道を開けないでいる。
 時間がない。なのに……!

「五分、といったところかな」

 こちらの思考を見透かすように、唇を歪めて笑う。

「くくく、君の余命だよ。そろそろ慌てふためいてもいい頃合いだぞ?」
「何だ、まだ見つかんねえのか」
「くっははは! ああ、君は実に運がいい。既に九割近くのスキャンを終え、だというにいまだ我が目を逃れ続けているのだからなあ。虫けらはかくれんぼが得意らしい」

 両の目と口が向かい合わせの弧を描き、笑うその顔はまるで血など通わぬ蝋人形。愛を知らず、知ろうともしない。生を謳歌せぬ冷たき屍の王は、ただ滅びだけを待ち望むが如く、光の差さぬ眼を濁らせる。
 澱み、汚れて、沈み、壊れゆく。疾うに旋律を為さぬ不協和音に、正しき結末などあるはずもなく。悪夢の終わりは、誰かが幕を引くことでしか訪れない。

「憐れだな」

 ぽつりと、翡翠を揺らして小さく零す。

「んん? 今、何と言ったかな」

 嘲るように首を傾げるベリアルヴァンデモンに、翡眼の王は視線を鋭く研ぎ澄まし、けれどその奥に静かな光を湛える。

「俺の終わりは俺が決める。お前の終わりも、俺が決めてやろう」

 真っ直ぐに、暗き悪夢を見据えて。たおやかなる夜闇の翼を背に、空を切り裂く星明かりにも似た翡翠の眼を強く、強く。
 僅かな沈黙は、理解の外にあるものを目にした驚き。一瞬を置いて、下卑た笑い声が寒空に響いて爆ぜる。
 果てに差す、光も知らず――
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ