□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-2 義戦の英雄(3/4)

 
 灼熱の黒獅子がその燃え盛るたてがみを逆立てる。一際大きく黒炎が揺らめいて、異形の怪物の巨体が氷原へと倒れ伏す。ずずん、と大地が震え、氷片が空に舞う。
 あ、と声を漏らす。荒れ狂う風に顔をしかめながら、ラーナモンの口元に僅か、笑みが浮かぶ。その正体を確信して。

「レーベモン!」

 黒の炎の中よりゆらりと立ち上がる、黒獅子の騎士の名を呼ぶ。騎士は振り返り、こくりと頷いてみせた。もう、心配はいらないとばかり。

「よう、元気そうじゃねえか」

 とはインプモン。その口調は皮肉げなようで、けれどどこか嬉しそうにも思えたのは気のせいだろうか。
 レイヴモンが僅かに目を細め、レーベモンが一瞬だけ彼方を見遣った。

「ミラージュガオガモンに、救われた」

 呟くように言って、槍を構える。眉をひそめて何事か言わんとしたインプモンを一瞥し、

「話は後だ。今は、目の前の敵を見ろ」

 そう、強い口調で喉元まで出かかったインプモンの言葉を遮る。
 事情は分からない。でも心情は分かる。インプモンは一度肩をすくめて、それきり再び問おうとはしなかった。ああ、と頷いて、指先に炎を点す。

 インプモンとラーナモン。そしてレイヴモンとレーベモン。四人の目前で、粉雪に似た粉塵を払い、異形の怪物がゆっくりとその巨体を起こす。

「確認するが……メルキューレモンで間違いないな?」
「だと、思うけど」

 知性も理性も感じさせない、その異形の正体を問うレーベモンに、答えるラーナモンの歯切れは悪い。けれど、だからこそそれで十分だと、レーベモンは静かに頷く。

「いずれにせよ……」

 ぽつりと言ったのはレイヴモン。その言葉を、インプモンが継ぐ。

「敵には変わりねえ」

 たとえそれが、かつての仲間でも。と、そんな言葉を口に出すことはしなかった。レーベモンと同じ、ただの確認だ。これより共に駆ける、並べたそのくつわは揃っているのか、と。共に戦う、仲間として。

 ふ、と小さな笑みが零れた。
 不思議な感覚だった。孤独に、孤高に戦い続けた日々の中にはなかった、その感覚。知らない闘志に血が燃える。知らない勇気に心が震える。知らない何かが疼いてざわめく。
 遠く遠く地平を越えて、果てしないあの空へさえも駆け上がれる。そんな気がして、魂が躍る。
 偽物ゆえ、か。けれど、だとしてもこの先には、きっと――
 
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