□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-4 翡眼の魔王(3/4)

 
「見えるかね、虫けら諸君」

 嘲笑う魔王の周囲に闇がうごめく。あるいはそれこそ黒い羽虫が群れをなすように。

「憎悪、悲嘆、絶望――暗き負の感情のすべてが我が糧となる」

 闇は脈動し、魔王と一つに溶けてゆく。

「分かるかね? 破壊と殺戮を繰り返す度、我が力は際限なく増大する。もはや我が行く手を、阻めるものなどいはしないのだ」

 語る魔王の顔がまた、より一層醜悪に歪む。

「そう、次は……蝿の王の亡骸を手土産に、色欲の王を訪ねるとしよう。女帝陛下の御身をなぶり、いたぶり、弄ぼうか。血に染まる柔肌はさぞや美味であろうなあ?」

 じゅるりと、想像するだけで涎が止まらぬとばかり。どれだけの侮蔑の言葉を並べても足りない程の邪悪がそこにあった。

「下種が……!」

 なんて、インプモンの言葉もこの魔王のほんの一面を形容するに過ぎない。
 魔王は空と地平をゆったりと眺め、低く微笑を漏らす。

「そうして、後少しだ。何処かに眠る怠惰の王を……最後の楔を葬った時、すべては完遂する。光と希望に満ちた世が終わりを告げるのだ」

 朗々と、物語を読み聞かす吟遊詩人を思わせるその口調。語るとともに沸き起こる狂喜に身を震わせる。

「終わり……?」

 よろよろと身を起こし、ラーナモンが問えば魔王は目を見開いて大袈裟に肩をすくめる。

「おお、愚かなラーナモン。よもやいまだ信じていたのかね。この世に秩序と平和をもたらす神の子の復活、などという戯言を」
「……え?」
「その光の半身を討ったのは外ならぬ先代の十闘士だ。今この時、ダークエリアの果て、大罪の門の奥に眠るのは純然たる闇の化身」

 一拍を置いて、深く深く息を吐く。

「それは破滅の申し子。生けとし生けるすべてを無に帰す終末の魔神。神なる世界の敵対者。即ちその名を――“サタン”」

 告げられた真実にラーナモンが震える。自分は、そんなものの片棒を担がされていたのかと。ぎり、とインプモンが歯列を軋ませる。

「馬鹿馬鹿しい! そんなもんの復活に何の意味がある!?」
「意味? ああ、そうだな……汚れた世界の浄化、とでも言っておけば尤もらしいかな?」

 わざとらしく首を傾げて、魔王は冷笑する。

「てめえは……!」
「無駄よ、インプモン」

 いきり立つインプモンを止める。言葉に意味などない。

「もう――疾うに壊れてる」
 
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