□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-4 翡眼の魔王(2/4)

 
 インプモンの指先に点る炎が不規則に瞬いて、虚空に魔法陣を描き出す。魔王・ベリアルヴァンデモンは見世物でも眺めるようにどれどれと目を細めてみせた。

「サモン!」

 まるで棒立ち。警戒心を欠片も見せない魔王に、インプモンは今一度歯牙を鳴らし、一言の言魂をもって炎の魔法陣を解き放つ。舐めるなと、叫ぶように。
 けれど、放たれた業火は魔王の指の一振りにいとも容易く霧散する。それは羽虫でも潰すように造作もなく。僅かに残る黒煙をふっと吹き消して、魔王はにたりと笑う。

「ダークエリアの力を喚起するとは。微力とはいえ、やはり腐っても蝿の王か。くく、少しだけ痒かったぞ?」

 褒めてやろう、なんて、仮面が歪むと錯覚するような醜悪で下卑た微笑。それはメルキューレモンや堕天使に感じたものと同じ……いや、本性を表した今となってはもはや比べものにもならない。吐き気を催す程の嫌悪感を駆り立てる。

「さてお次は」

 ぐりん、とその目がインプモンから逸れ、横合いを向く。黄土色に濁る双眸が捉えたのは、翔ける一瞬に姿を眩まし虚を衝こうと迫る、レイヴモンだった。繰り出される白翼の刃をひょいと二本の指で摘み、

「君が愉しませてくれるのかな、レイヴモン?」

 と、口端を歪める。そして目はまたぎょろりと動く。視線は足元、絡み付く水の蛇の主。

「それとも君かな、ラーナモン?」

 メルキューレモンが変異したあの怪物をも封じたラーナモンの水の檻。しかし魔王はさして気にするそぶりも見せず、視界を遮る水流の一部だけを指先で弾いて、ラーナモンを見下ろす。
 ラーナモンの顔に冷たい色が差す。思わず跳び退くその姿に魔王はまた笑う。高みから弱者を見下すことが実に愉快と、これ以上の愉悦などありはしないとばかり。

「非力」

 ぽつりと言って、腕を振るう。その一撃にレイヴモンとラーナモンは諸共に薙ぎ払われ、距離のあったインプモンさえ余波に吹き飛ぶ。私はベヒーモスにしがみついたまま、ただ呆然とそれを見るしかできない。

「何と脆弱、何と矮小……っ!」

 腕を広げて天を仰ぎ、歓喜に肩を震わせる。己が力に酔いしれるように、魔王の両の目がとろりと歪む。沸き上がる狂気に自ずからその身を委ねる。
 何も生まず、何も育まず、ただ絶望だけをもたらす無価値なる王。それは正に悪夢の権化。この世の影、そのものの姿だった。
 
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