□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-3 悪夢の魔王(4/4)

 
「虫けらのような存在だった」

 獅子の牙がおもむろに引き抜かれ、白き天使は力無く落ちゆく。その身は地へ伏せるも待たずに塵と消え、光の粒子が風に舞う。語るのは、虚空に佇む闇。

「死の淵でもがいた。暗く冷たい、闇の中だったよ」

 懐かしむように言う。今やとうに、自らが闇そのものだというに。
 黒一色に塗り潰された闇が獅子を見下ろす。目など無いのに刺すようなその視線。

「君たちを見ていると憎悪が溢れて仕方なかったよ。私をこんな目に合わせた、憎きかつての闘士たちを思い出して、ね」

 お陰で君には見破られてしまった訳だが、と闇は笑う。
 地へ降り立った黒獅子は今し方の怒りさえ思わず忘れてしまったように、呆然とそれを見上げる。代わり、声を上げたのはインプモンだった。

「お前、ルーチェモンの手下か」
「くくく……できれば臣下と言っていただきたいね。まあ尤も、歴史に名を遺すことも、英雄に傷を残すこともできず、呆気なく散ったか弱きただの一兵卒に過ぎないがね」

 空に広がる染みにも似た闇が、次第に形を成してゆく。

「彼らは、かつての十闘士たちは私を覚えてもいないだろう。数々の戦いをくぐり抜け、目覚めた彼らにとって私など、前哨戦にもなりはしなかったのだから」

 黒き闇に深紅が差す。その中で、不気味な眼が輝いた。

「だが、やがて世界のすべてが我が名を知ることとなるだろう」

 夜闇に似た紫紺の翼が風を打つ。

「屈辱――死をも凌駕する憎悪が我が存在をこの世へ押し留めた。僅かに取り留めた力で寄生虫のように他者を喰らい、辛うじて生き延びた。少しずつ、少しずつ、闇をすすって力を得た」

 鉛色の四肢が闇から具現し、己が存在を確かめるように血管が脈打ち筋肉が隆起する。

「そして……今!」

 深紅の仮面の奥でその目を見開く。

「遂に我が悲願は果たされる! ここに……ここに我が命は! 我が存在は! 再び蘇るのだ!!」

 闇より生まれしそれは、まるで悪夢そのもの。背筋に氷が這う錯覚。悪寒、恐怖。喉が渇く。視線が凍る。言葉が出ない。
 氷原を揺らし、悪夢の権化が地へと立つ。

「ご挨拶の、途中だったかな」

 黄土色に濁る光無き目が私たちを舐める。

「はじめまして、虫けら諸君。我が名はベリアル――“ベリアルヴァンデモン”。命の終わりに、せめてこの名を刻むがいい……!」
 
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