□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-3 悪夢の魔王(3/4)

 
「てめえが、黒幕だと……?」

 戸惑い。顔をしかめるインプモンに、サタナエルはくつくつと笑う。その鉄仮面の奥から透けて見えるような何かに、私は知らず息を呑む。

「インプモン……あれ、エンジェモンじゃない」
「何?」
「多分、メルキューレモンと同じ」

 私が言えばさも面白いとばかり。下卑た微笑を漏らして、サタナエルは私を見下ろす。

「驚嘆に値するよ。あの偉大なるホーリードラモンですら、間抜けにもまんまと騙されたというのに」
「なら……」
「そう――私こそが君たちの言う“黒幕”とやらだよ。はじめまして、とでも言っておこうかな?」

 おどけるように肩をすくめる。そんなサタナエルとは対照的に私たちの表情は強張る。ぴりりと空気が張り詰める。まるで千切れんばかりに伸ばした糸のよう。
 ふと、長髪の少年が小さく零す。

「お前が、アユムを」

 燃え上がるほどに鋭い眼光。瞳に宿るのは、明確な敵意と怒り。けれどサタナエルは事もなげに、

「ああ、悪くない手駒だったよ」

 なんて、心の底から嘲るように言って、ご苦労様、と吐き捨てる。
 ぷつりと、糸の切れる音が聞こえた気がした。

「サタ……ナエルぅ!!」

 激昂。怒髪が天を衝く。それは比喩ではなく、事実、風が逆巻き光が舞い狂う。少年を包む激流が瞬時に肉体そのものを変異させる。駆け出す少年の姿が人のそれから黒獅子へと変わり、理性など要らぬとばかりの雄叫びがこだまする。
 要るのはただ野生。有るのはただ激情。仲間を、自分たちの正義を弄んだこの外道の、喉笛を掻き切るためだけの!
 地を蹴る獅子の牙が瞬く間にサタナエルの喉元へと迫る。――けれど、

「駄目……違う!」

 私の叫びは、一拍も二拍も遅れて虚しく響く。
 そうじゃない。私たちは、敵を見誤っていたのだ。今目の前にいるのはただの――

 ずぐり、と、肉のえぐれる鈍い音がした。左の牙が喉を突き、右の牙が胸を穿つ。サタナエルの口から吐血に似た黒い何かが漏れる。いまだ首と胴が繋がっているのが不思議なほど。喉に大きな風穴を空けられたまま、まさに首の皮一枚のそんな状態で、けれどサタナエルは不敵に笑う。

「お見事。実に素晴らしい……的外れな一撃だったよ」

 潰れた喉から空気が漏れる。流暢に語るその声は、眼前の天使から発せられたものではなかった。
 闇が、にたりと笑う。
 
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