□第十三夜 翡玉のヘスペラス
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13-3 悪夢の魔王(2/4)

 
 その身は白の衣を纏い、手には金の杖。背に白き翼を負う姿は名の通り、天使そのもの。

「サタナエル……!」

 長髪の少年が名を呼ぶと白妙の天使・サタナエルは小さく口角を上げる。

 そんな――そんなやり取りに、私とインプモンはふと眉をひそめた。
 デジャヴュ。頭の片隅に何かが引っ掛かる。記憶を辿る。ここ数日を過去へ過去へと。そうして行き着くのは始まりの日。この記憶に深く深く刻まれた、忘れようもない始まりの出会い。

「……スラッシュエンジェモン?」
「どうして……」

 私とインプモンが声を上げたのは同時。私たちの言葉の意味を理解したのは恐らく当のサタナエルだけ。なぜなら、そう、あの日、あの時、あの場所にいたのは私たちだけだったのだから。
 私とインプモンが出会ったあの日。スラッシュエンジェモンと対峙したあの時。夕焼けに照らされたあの場所で、私たちは同じ言葉を聞いたのだ。

「お前は、誰だ」

 あの日のスラッシュエンジェモンと不自然なほどに重なるサタナエルの姿に、インプモンの声色は静かな闘志を帯びる。
 ホーリードラモンの側近。という名の、メルキューレモンの手駒。いいように使われるだけの操り人形。そんな認識は改めざるを得ない。見た目通りの、ただの成熟期などでもない。サタナエルから感じ取れる旋律はまるで、先の異形の怪物と瓜二つ――

「誰でもあって、誰でもない」

 サタナエルの指がくるりと円を描き、と思えば瞬間、メルキューレモンだった少年の体から小さな黒い粒子が沸く。それは倒れ伏す少年の体から離れ、吸い込まれるようにサタナエルの手へと渡る。同時、異形の怪物だった頃に感じ取れたあの不協和音もまた、少年の体から消え――私は、理解する。

「あなたが……」

 私の物言いは、あるいは突拍子もないことだったろうか。あの音が聞こえていないであろうマリーたちは眉をひそめる。それでも、

「メルキューレモンも、アポカリプス・チャイルドも……あなたが、操っていた……?」

 耳を衝く不協和音。悪夢そのものを譜面に起こしたようなそれ。敵を見誤ったと、言った堕天使の言葉を不意に思い出す。
 私の言葉に驚く皆の前で、それを肯定するような薄い笑みを浮かべ、サタナエルは朗々と語る。まるで己が武勇伝を吟唱する、詩人の如く。

「私はどこにでもいて、どこにもいない。――今までは、ね」
 
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