□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-2 青銅の反逆(2/4)

 
 炎を放った構えのまま、インプモンはかざした指先をタクトのように翻す。ちりちりと、堕天使の鎧に残る火の粉が不規則に明滅し、鎧の表面を走る。

「これは……!」

 残り火が、炎の軌跡をもってその着弾点に幾何学模様を描く。私にとっては幾度となく目にしたそれ。
 ぱちん、と指を鳴らし、インプモンが咆哮する。

「サモン!!」

 焦げ跡の刻む魔法陣が紅蓮に輝いて、主たる者の呼び声に応えるように、何処よりか灼熱の炎が来たる。炎は蛇のようにうねり渦巻いて、瞬く間に堕天使を包み込む。至近距離どころではない、ゼロ距離からの攻撃を避ける術などあるはずもなく。
 これは、間違いなくあの技だ。インプモンが幾度となく使っていた、魔法陣から炎を喚ぶ技。その魔法陣を、あの火の玉で描いたというのか。そんなことができて……いや、できるようになった、のか。

「今だ! 行け!」

 間髪を入れず、火だるまの堕天使にレイヴモンが追撃を加えたのは、インプモンの指示とほぼ同時。半身を捻り、勢いそのままに、突き出した左腕を基点に全身を削岩機のように激しく回転させる。黒き旋風となって、その爪が堕天使を穿たんと矢の如く闇を翔ける。彼我の距離は極僅か。要する時間もまた。

 一瞬の後、鳴り響いたのは硬質の摩擦音。その光景に、絶句する。
 炎の中から伸びた手が、迫るレイヴモンの手首を正確に捕らえ、すんでのところでその攻撃を阻んだのだ。レイヴモンの爪は堕天使の鎧の表面に僅かな傷を残すに留まり、その内側へ達するには到らない。高速回転を無理矢理に止めたことで手甲にも小さな亀裂が走ったが、ただ、それだけ。即興とはいえこれだけの連携をもってして、ほんの些細なかすり傷が二つばかり。

「もう一度聞いてみようか。今のが、援護とやらかい?」

 なんて、見下しきったそんな嘲りにさえ、私たちは反論の言葉を持たなかった。ぐ、と歯噛みし、それでもインプモンは次なる炎を指先に点し、左腕を捕われたままのレイヴモンは構うものかと右腕を繰り出す。
 けれど、レイヴモンの持ち味であるスピードをまるで活かせない体勢からの攻撃が、堕天使に通じる訳もなく、ことごとくが片手でいなされる。その超接戦ゆえにインプモンも援護射撃ができず、ただただ弄ばれるだけ。
 駄目だ。打つ手がない。絶望が頭を過ぎる。その、刹那――

「随分と、遅れてしまったな」
 
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