□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-1 黒死の天使(4/4)

 
 闇が震え、爆音が反響する。無造作にかざした堕天使の手から放たれる炎に、氷柱が煙幕に覆われる。突然のことに当のインプモンさえ阻止する間もないままに。
 ここへやって来たからには目的は当然、魔王の肉体。だというに、まさかいきなり破壊するだなんて。思わず呆けて、言葉を失う。

「ほう」

 私とインプモンが立ちすくむ中、感心するように堕天使が漏らす。と同時、冷気を打つ羽ばたきの音とともに一陣の風が吹き、爆煙が散る。姿を見せたのはまるで無傷の氷柱。そして、中程で折れた刀を逆手に握るレイヴモンだった。
 咄嗟に庇ったのか。あんなタイミングで……!
 安堵の溜息とともに、腰が抜けたようにその場に座り込む。そんな私には一瞥もくれず、堕天使はレイヴモンを見据えて小さく笑う。

「よく護ったな。褒めてやろう」

 嘲る堕天使に、ぎりりと歯列を鳴らす。レイヴモンは折れた刀を投げ捨て自らの爪を構える。視線が火花を散らし――けれどそんな時、二人の間に小さな炎が割って入る。堕天使は片手の指先で文字通り炎を爪弾き、わざとらしく溜息を吐く。

「非力だな」

 ちりちりと、指先に残る僅かな焦げ跡を見詰め、ゆっくりと首を振る。炎の射手は、インプモンは第二射を構えながら舌を打つ。

「随分と出遅れたものだ。いい従者がいてよかったな」
「てめえ……何の真似だ!?」

 ぎりぎりと歯牙を軋ませ、インプモンが声を荒げる。吐き捨てるように投げ掛けるそれは、しかし問いではない。氷漬けの魔王の肉体、その奪い合いという、この戦いの根幹を揺るがすようなその行動。けれど、そんな矛盾の答えは既に目の前にある。あるからこその、激昂だった。

「おやおや、正義の味方であるところの我らアポカリプス・チャイルドが、悪しき魔王を討つことに何の疑問が?」

 なんて惚けてみせる堕天使には、インプモンの視線も射殺さんばかり矢のように鋭く尖る。

「目的は“残り”か……!」

 とは、先の堕天使の言葉の通り。ダークエリアからのサルベージに成功したのは、三つのスピリットとセラフィモンのデータだと、自らそう言ったのだ。つまり“残り”は、成功しなかったと。いつかワイズモンが言っていた通り、それを成すために必要なのが、外ならぬ魔王の肉体。そして奴はそれを――

「“暴食”の魔王、か。ともなれば、ふふ。さぞや……美味なのだろうなあ?」
 
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