□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-4 紅蓮の氷原(3/5)
「サタナエル……?」
朧月のように遠く霞むその姿に目を細め、眉をひそめる。白いマントとフードで全身を覆い、唯一露出した背の白翼で上空を浮遊する。天使に類するデジモンであろうことは見たままだが、名前といいその出で立ちといい、何よりインプモンたちの訝しげな表情から、それがデジモンとしての本来の姿・正体を隠しているのであろうことは推察に難くなかった。
ダスクモンは白ずくめの天使を見上げたまま、私同様に眉をひそめる。
「ホーリードラモンの側近だ。役割は伝令と諜報」
である、はずだと。確かめるように言って、その視線を堕天使に向ける。非難、戸惑い、憤り。多様な感情が入り混じる眼差しも、当の堕天使はそんなものどこ吹く風とばかり。ふふ、と微笑する。
「担ぐ神輿は軽いに限る」
肩をすくめ、遥かな空を冷めた目で仰ぐ。
「この私を狙う辺り、君たちの目の付け所は概ね正しい。ホーリードラモンなどというお飾りの王でなく、ね」
笑うその鉄仮面はどこまでも冷たく、歪んで見えた。ぞくりと、背筋に悪寒が這う。
インプモンが歯牙を打ち、射殺さんばかりに堕天使を睨み据える。
「お飾り……だと?」
「ふふ。盤上のキングもまた、一つの駒に過ぎないということさ」
そう、肩をすくめる。そんな堕天使を見詰めたまま、私は呆然とする。何もかもが唐突。咀嚼するようにその言葉を頭でなぞる。つまり、私たちが今まで戦ってきたアポカリプス・チャイルドは、
「てめえが、黒幕だって言いてえのか」
私の頭に浮かんだ言葉をインプモンが口にする。
「それが、アポカリプス・チャイルドの真実……!」
ぎり、と。軋む牙の音は次第に晴れゆく粉塵の中から。獣頭の騎士・ミラージュガオガモンは自らが本当に戦うべき宿敵を前に、その双眸に戦意と義憤の炎を燃やす。並び立つ比翼の騎士・レイヴモンもまた静かな闘志を胸に、己が敵を見据える。
あるいはこれが最後の戦いになろうか。再び武器を構え直すミラージュガオガモンたちに、けれど――
「だから駄目なのだよ」
堕天使は備えるそぶりも見せず、まるで無防備に溜息を零す。
「だから勝てない」
敵意と積憤を一身に受け、それでも堕天使は笑う。その様に、心がざわめく。言い知れぬ不安が警鐘を鳴らす。私たちは何か……何か大きな間違いを犯しているのではないだろうか、と。