鋼の錬金術師

□第32話
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「人造人間…連れて来たぞ」



「ロードか…」










暗い中お互いに顔を合わせた










「なになにー?ノアが何連れて来たって?」



「娘よ」



「むすめ〜?」



「ああ…あの研究対象のか?」



「ええ。ラースだけが一度会ってます」



「今日は全員に会うために来たらしい」










だんだんと近付くその声をクロアは父の背中に隠れながら聞いていた










「クロア、父さんの研究に手を貸してくれている人達だ。挨拶しなさい」



「……初めまして…」










言われた通り父の背中から出てきたクロアは行儀良くお辞儀をした



そして闇に溶け込む真っ黒な人達の中に見覚えのある顔を見つけた










「…ラース」



「…うむ。殲滅戦では助かったぞ」



「え!?イシュヴァールにも出てきてたわけ!?」










ああ…とノアが言うとエンヴィーは溜息を一つついた










「死んだらどうすんのさ」



「この子は死なないさ。私の愛しの娘だ。私が守る」



「…はっ…!その愛は本物な訳?」



「ああ」










そうノアが笑うのと一瞬エンヴィーの顔が引き攣った



それと同時に立ち上がったのはお父様
















「無駄話もそこまでにしろ。息子達に紹介しよう。これがロードの研究だ」
















この時クロアはまだ知らなかった



もう闇に呑まれていたことなんて




















































「今からこのエンヴィーってのが貴女の世話をするからなんかあったら言うのよ。エンヴィー、ちゃんとクロアを見てなさいよ」



「わかってるよ」










兄弟が皆持ち場に戻りエンヴィーだけがクロアの子守りとなった



一つ溜息をついてクロアを見れば椅子に座りながら地面に着かない足を揺らしていた



父親が帰って来るのを楽しみに待つかの様に




















「…ねぇ、ノアのこと好き?」




















そんなクロアに問うが、言ってからくだらない質問したなと思い「なんでもない」と言葉を紡いだ



しかしその紡いだ言葉とほぼ同時にクロアは答えた



















「好き」



















クロアが笑ってそう答えたならまだ良かったのかもしれない



真顔で、何故そんなことを?とでも言うようなクロアの表情はエンヴィーに劣等感を感じさせた














「ノアはアンタを愛してもいないのに?」



「…お父さんは私を愛してくれてるよ。いつも」



「愛されてるって本気で思ってんの?はっ!そんなの偽りの愛でしょ。研究の為にしか愛してないじゃん」



「……」



「それを愛されてるとアンタが勝手に思い込んでるだけ。本当に愛してなんかいないんだよ、ノアは」



「…やめて」



「研究がなければアンタは愛されさえしなかったんだよ」



「やめて…!」














此処まで言えば幼いクロアは泣き叫ぶだろう



そう思った



けれどクロアは涙すら浮かべなかった



ただ冷静に声を発した













「わかってるよそんなこと。気付かないはずないでしょ」



「……へぇ。じゃあ何?気付いてて自分は愛されてるだなんて言ってたわけ?馬っ鹿じゃないの?」



「いいの…」













クロアは10歳とは思えないくらい落ち着いていた























「愛されたいの。愛したいの。お互いに愛し合える存在が欲しいの。それが例えイツワリだとしても」























エンヴィーは気付く



クロアは冷静だった



偽りの愛と知りながらそれをクロアは本物の愛なのだと自分を偽った





















「…じゃあもし俺が本当にクロアを愛してあげるって言ったら?」





















なんでそんなことを口にしたのか、エンヴィー自身もわからなかった



けれどクロアは迷わずに答える























「私はエンヴィーを愛すよ」























エンヴィーもクロアも同じことを思っていたのかもしれない



ただ不安を消したかった














「人造人間なのに?」



「関係ない」



「もし俺が誰かの仇になっても?」



「うん」



「なんで」



「私は私を愛してくれる人を愛したい。だからエンヴィーが私を愛してくれるなら、私はエンヴィーを愛したい」














クロアの真っ直ぐとした目にエンヴィーは一度目を逸らした



そして一つ息を吐き出すといつもの様に馬鹿にした笑いをした














「はっ…どうだかねぇ」



「…じゃあ約束する」



「………は?」














ぐいっと近付いたクロアにエンヴィーは少し後退りするもクロアは小指に無理矢理自分の小指を絡ませた















それは約束





クロアとエンヴィーが交わした約束だった



















「…バッカみたい…もしもって言ってんじゃん」









































「馬鹿なのはエンヴィーの方だよ…」



「え?」











目を開けば再びゆっくりと温もりを感じ始めた



エンヴィーの温もりを













「約束なんてなくても良かった…」



「…!思い、出したの?」













エンヴィーの問いにクロアは小さく頷いた



そして今ならわかった



あの時のエンヴィーの気持ちが














「不安だったんだよね、エンヴィーも。自分を愛してくれる人なんていないんじゃないかって」



「……」



「でも約束なんてしなくても私はエンヴィーを好きになったよ。人造人間だからとか人殺しだからとか、そんなの関係なく好きになった」



「…クロア…」



「ねぇエンヴィー、」
























「エンヴィーも、もう幸せになって良いんだよ…」
























そう身体から伝わる声がエンヴィーを酷く安心させた



そしてクロアを再び強く抱きしめた














人より沢山苦しんだ




人より多くの不幸を背負った








誰がこの二人の幸せを奪うものか




誰がこの二人の幸せを邪魔するというのか

















「…ありがと…っ」



「ううん…私こそエンヴィーに出会ってなければ今の私は居なかった…ありがとう」












「クロア」














しっかりと抱きしめていた腕を緩めお互い顔を合わせた



そしてエンヴィーはクロアの唇にキスを落とす



長くも短くもない優しい…




























「一緒に幸せになろう…っ」




























風が二人の髪を靡かせる



その瞬間クロアはエンヴィーの腕から抜け落ち、両膝を地面に着いて大粒の涙を流した






















「うぅ…っ…ぁ…ぅ…わああぁぁあああっ」






















たった今、終わったのだ





何もかも













全ての真実を知り




今まで捜し続けた父も




信じていた愛も




希望も




全てを失った













一生分の不幸を背負ったクロアは




旅の目的も失ったのだ


















残ったのは求め続けた愛だけ


















だからもう





何も捜さなくて良い





幸せになって良いんだ


















旅は今






この瞬間に






終わったのだ




























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