鋼の錬金術師

□第30話
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ロイに会いに行く




そう言ったもののその足取りは重くドアの前で止まっていた




休養室にいると聞き歩き慣れた道を通り此処まで来たは良いがドアを開ける勇気がなかった




しかし此処まで来て帰る訳にはいかない




私は速まる鼓動を落ち着かせながらドアノブに手をかけた










「…っ」










手が震える




ぐっと息を呑んでドアノブに力を入れようとした








ガチャリ








しかしそれは自分の力とは別の力によってドアが開かれた












「…クロア…?」












開いたドアから出てきたのはまさしくロイだった




ロイも私がドアの向かい側にいると思っていなかったようで、名前を口にして固まっていた












「あ…えっ、と…」




「……立ち話もなんだ、入るといい」












此処に入ったのは何年ぶりだろう




ロイと初めて会ったのも此処だった




そんなことを思いながら休養室に入った










「……」










私はベッドの片隅に座りロイは片手にカップを持ちながらその前の椅子に座った






あの日と一緒













「鋼のたちにはなんて言ったんだい?」













コーヒーのカップを口に付けロイはそう静かに聞いた











「ごめんって謝った。キレられたけど」




「それは私でも怒る」




「…いろいろ言われた…クロアはクロアだ、とか……だけど…」










クロアは俯いたままで表情はわからないが膝の上に置かれた手が小さく震えていた
















「やっぱりロイに会いに行くの…怖かった…」
















その声は小さく掠れロイに届くか届かないかのものだった





しかしロイにはしっかりと聞こえていた












「本当の家族の様に思ってるからこそ…ロイが後悔してるんじゃないかって思った…」












後悔?とロイはカップを置きながら聞くとクロアは小さく頷いた













「私を拾ったこと…」




「馬鹿か。じゃあ聞くが君は私に拾われて後悔しているのかい?」




「っ!後悔なんか…!」













バッと勢いよく顔を上げれば微笑んだロイと目が合う





クロアもその様子に少しビックリしていた












「私だって同じだ。後悔なんてしてるわけないだろう。寧ろ嬉しかったさ家族が増えて」





「でも私、人間じゃないんだよ?家族が人間じゃないんだよ?」





「確かに人間じゃないと言われた時は混乱はしたが、家族に変わりないだろう」












クロアは言葉を詰まらせた






だけどクロアにも想うことはあった
















「……なんで捨てないの…ロイは大総統目指すんでしょ!?こんなバケモノが家族でいいわけないじゃん!」
















クロアの瞳が揺れる













「みんながバケモノじゃない、私は私だと言っても周りはそうは思わない!ロイの足枷にはなりたくないんだよ!」





「…それは君を捨てろと言うことか…?」





「…そうだよ…私の存在は”兵器”か”バケモノ”でしかない。そんなのと家族だなんて世間や上が黙ってるわけない」





「…馬鹿か!家族を捨てることなんて…!」





「お父さんはしたよ。自分の研究の為に私を捨てた…」













ロイは黙り目を細めた











もう良いんだよロイ




これで良い…











そう目を閉じたクロアだったがロイの発した言葉は意外なものだった
















「やはりクロアは馬鹿だ」
















え?






思わず目を見開いてロイを見つめた












「愛する家族一人守れないで大総統になれるわけがないだろう」





「…どう、いう…」





「最初から抱えていくつもりだったさ。それにロードの娘を引き取るというだけでも結構周りから反対されたもんだ」












今更だとロイは続ける




クロアにはわからなかった




ロイが何故そこまでするのか

















「なんで…?もう良いよっ…ロイがそこまでする必要、ない…っ」







「…なんでだと思うかね?」

















そのロイの表情は遠い昔の記憶を呼び戻した












”君は今日から私の家族だ”





”……なんで…私なんか引き取ったの…?”





”…なんでだろうな。なんでだと思うかね?”





”……知らない…”





”…君の…”




























”君の笑顔がみたかったからだよ”



























昔の記憶と重なったその表情に涙が溢れた








変わらない








何も








私が私なようにロイはロイだった








暖かくて優しくて








お父さんのような人だった
















「ロイは何も変わらないね…っ」






「クロアは最近変わったな。良く泣くようになった…笑顔も見るようになった」















これほど嬉しいことはないよと私の頭をぐしゃりと撫で零れた涙を拭った












「これもあの男が影響してるのだろうな」












ほんの少し寂しそうな顔をしてそう言うロイ





あの男?





私が首を傾げるとそれを見てかロイは溜息混じりに「そうだった…」とうなだれた













「君は鈍いからな…自分の気持ちにも鈍感というわけか…」





「…?」





「…はぁ…少し聞くが…鋼のに好きだと言われたか?」













言った覚えがないことをサラリと言うロイに思わず目を開いた













「鋼のの気持ちは前から知っていたからな…言うとしたらこの時だろうと思っただけだ。それに気づいてないのはクロアだけだよ…」













それを聞き更に目を開いた





だけど驚いたのはみんなが知っていたことよりも





エドの気持ちが前からだったことだった













「それで?これから君はどうするんだい?」




「え?」




「鋼の達と共に行くか?私の元にいるか?」













エドとアルに好きと言われ、ロイには愛する家族と言われた







みんなと一緒にいたい







だけどなんでだろう…














”―クロアっ―”














「…クロア、もうわかるはずだ…」




「……?」











「君がいつも想うのは誰だい?




 泣きたい時、辛い時、いつも傍にいてくれたのは誰だい?




 目を閉じた時、誰の顔を思い浮かべる?




 君が1番一緒にいたいのは」














”クロア!!”














「鋼のでもアルフォンスでも、私でもないだろう?」














ああ






そうだ














”俺クロアのこと好きになっちゃったみたい”














いつも頭に浮かぶのは一人だった





















「あの男ではないのか?」























貴方の傍にいたかった























「エンヴィー…っ」























気付くのが遅すぎた






もっと前に気付くべきだった






いつも傍にいてくれたエンヴィーに






私は…何もしていない……














「……行くといい」





「…え?」





「あの男の所に」














ロイは優しく微笑んで見せた














ロイ…






ありがとう






たくさんたくさん






ありがとう






拾ってくれて






気付かせてくれて






こんなに想ってくれて






















「ありがと…っ…ありがとうロイっ…」





















零れる涙が止まらなかった





ロイの背中に腕を回すと懐かしい温もりを感じた




それは昔私が求めた一つである…















「ほらさっさと行ってこい」




「うん…いってきます!」















家族の温もりだった



















「さて、その気持ちが”好き”という感情だと気付くのはいつになるだろうか」











クロアの去った後休養室で一人そう呟いた





クロアに差し出したカップは空になっているのを見てふっと笑う





出会ったあの日と違うのは空っぽになったそのカップだけだった

















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