novel

□とっておきのサプライズ!
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あと数字2つ分で0時になる時刻。
ラグトリフの家に無機質なチャイムが鳴り響いた。

ピンポンピンポンピンポン。

早いペースで連打される。これはきっと出るまで止まらないだろう。
こんな時間にわざわざラグトリフの家を訪れて性急にチャイムを押す人物―――心当たりはあるが、何故チャイムを押すのかが分からない。
彼は合鍵を持っていて、いつも勝手に入って寛いでいる。
今日もこの家から、珍しく自分の学校へ向かっていった。その時に、また夜来るから家で待ってろよと言われたこともはっきり覚えている。
だからこそ、ラグトリフは早く帰って来て、久し振りに静かな家で1人、彼が来るのを待っていたのだった。

また何か、ラグトリフには考えつかない突拍子もないことを思い付いて実行しているのかもしれない。
止まないチャイムに急かされることなく、マイペースで玄関に向かったラグトリフはゆっくりと扉を開ける。

「おっせぇぞ!」

あれだけチャイムを連打していたのに、急いでいたわけではないようだ。
怒った様子はなく、ニヤリと笑う。
どうやら今日は機嫌が良いらしい。朝もいつになく浮かれていたのだ。彼――バクシーは。

「おかえりなさい。遅かったですね。……どうしたんです、その格好?」
「ハハッ、知りてーカア?」

問いかけに嬉しそうに笑う彼を家に上げて、ラグトリフはパタリとドアを閉めた。
さっさとリビングに歩いて行ってしまうバクシーの後をついて行く。
後ろから見ても、やはり前から見たのと同じ、バクシーはとても奇妙な、ある意味危険な服装をしていた。

はっきり言ってしまえば、「露出狂」だ。

ラグトリフが着ているものよりは生地が薄いが、大きく、体をすっぽりと包み込む長いコートを着て、前のボタンを全て留めている。
それだけなら、何もおかしくない。普段から見ていて寒いくらい薄着をする彼にしては珍しいが、それだけ外が寒いのだろうと納得できる。

問題なのはそのコートの中から伸びている足が、冬にも関わらず生足、という点だった。

明らかに不審者だ。露出狂定番の服装だ。

まさかと思いつつも、この下が全裸の可能性を、相手がバクシーだからこそ否定できない。

後ろからついてくるラグトリフがそんなことを考えているとは露知らず、リビングについて時計の時刻を確認したバクシーは、くるりと振り返って不敵に笑った。

「ちょっと待ってろ。こっから先はついてくんなよ」

そうして向かった先は洗面所。

「……」

これはもしかしてもしかするのだろうか。
あの猫のように風呂嫌いなバクシーが自ら洗面所に行くなんて普段なら髪型をセットする時しか有り得ない。今日は本当に展開が妖しい。
いつもの笑顔を張り付けたまま、脳内では様々な想像が駆け巡る。

「……コーヒーでも、淹れましょうか」

らしくないが、何かしていないと落ち着かない。
もう1度洗面所を見やって、ラグトリフはキッチンへと向かった。



「ラグトリフ!」

それから数分後、バクシーが出てきたのは、ラグトリフがインスタントコーヒーにお湯を注ぎ入れた時だった。
時間からして風呂に入ったわけではないらしい。
少し残念に思いつつ、マグカップを置いてリビングへ戻る。

そこでラグトリフの動きは止まった。

バクシーは殆どの場合髪型を整える時にしか洗面所に入らない。
今回が例外だったのではなく、今回もそうだったのだ。
楽しそうに、悪戯を思い付いた子どものようににやついている彼の肩で、可愛らしくおさげが揺れている。

「………え?」

下は相変わらず分厚いコート。
真顔に戻って、また時計を確認したバクシーはまあいいかと呟く。
それにラグトリフが反応する前に、彼はニヤリと笑ってコートを取り払った。
バサリと派手な音がする。無残に後ろに投げ飛ばされたそれは、着地する時にも音を発した筈だ。
けれども、ラグトリフの耳には入らなかった。

「どーだ? 似合ってんだろオ?」

腰に手を当てて笑うバクシーの胸元で存在を主張するのは真っ赤なスカーフ。
膝より少し上のスカートからは、すらりと細い足が伸びている。
袖は少し長めで手の平が半分ほど隠れていた。

「……うちの、制服ですか?」
「ハーハッハア! そうだぜぇ。女子のだけどな!」

機嫌良く高笑いを響かせて、くるりと一周してみせる。
おさげが揺れて、スカートがふわりと浮いた。
身長の高さを覗けば、確かに遠目には女生徒としていけるかもしれない。

「今度これで潜入しようかと思ってヨオ。感想は?」
「これ、何処で入手したんです?」

スパン
僅かに首を傾けて飛んできたナイフを避ける。
おかげでまた壁に穴が開いた。

「ナイフは投げないで下さいっていつも言ってるのに……」
「お前がクソつまんねえこと言うからだろ!!」

どうやら態度が気に食わないらしい。
セーラー服もインパクトは十分大きかったが、なにせコートの下が裸だと思っていたから、服を着ていたことに拍子抜けしてしまったのだ。
予想が外れて良かったような悪かったような。
ラグトリフはようやく平静を取り乱していた。

「似合ってますよ。潜入にはむかないと思いますが」
「あ?」
「背が高いから目立ちます。潜入の意味がないでしょう?」

それに、似合ってはいても間近で見れば女装だと人目で分かってしまう。
普段から学園には好き勝手に侵入しているのに、何故今更変装などという手段を思い付いたのか。
バクシーは馬鹿っぽいが馬鹿ではない。
ラグトリフの意見に黙考し、あっさりと頷いた。

「……まーな。潜入は止めとくか」

その態度にまた違和感。手が込んでいるのに、本気が感じられない。

「どうしてこんな格好を?」

問いが出たのは必然で、それに返された答えもまたさらりとしたものだった。

「お前の間抜け面拝んでやろうと思ってなあ」
「ああ……それはすみません」
「笑って謝ってんな。ウゼぇ」

歩み寄られて、バクシーとの距離が近くなる。
ラグトリフが2歩前に進めば、2人の間は僅か数センチ。

「それに……」

バクシーから伸ばされた指がするりと顎の下を撫でた。
猫の機嫌をとるように。まるで何かに誘うように。

「こんな日くらいサービスしてやっても良いかと思ってヨオ」

チラリとバクシーの視線が時計を向く。
これで3回目。
ラグトリフが見ると長針は0時を若干過ぎた所を差していた。

今日は―――10月31日だ。

「……知ってたんですか?」
「俺様を舐めんなよ?」
「ありがとうございます」

自然と笑みが溢れる。
こんな夜中にわざわざセーラー服を着てやって来て、髪型まで変えて、まるで悪戯を思い付いた子どものように考えてくれたのは自分のこと。
馬鹿らしい。
端から見たら笑い飛ばされるような話だ。頭がおかしいと言われるかもしれない。
けれど、それだけで胸を満たすものがある。ラグトリフ自身にも上手く説明できない温かい気持ちだった。

「本当によく似合ってますよ、バクシー」

自分より小柄な体を包み込む。
ラグトリフの言葉にしてやったりと嬉しそうに笑っている彼こそ、人生最大のプレゼントだ。



END
10/01/21

ラグトリフ・ハッピーバースデー!!

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