novel

□恋じゃなくて、愛です
1ページ/1ページ

仕事にはトラブルや予期せぬ出来事が付き物だ。
どんなに定時に終われるように仕事を詰めていても、こればかりはどうしようもない。特にルキーノの担当は営業。人を相手にしているから尚更だった。
今日もお得意先から突然の呼出で、そのまま急遽飲み会になり、結局帰れたのは日付がとうに変わった時刻。
終電があるはずもなく、タクシーに乗り込んで家へ急ぐ。
運転手の世間話に適当な相槌を打ちながら、住宅地に向かうにつれて暗くなっていく景色を見るともなしに眺め、ルキーノは疲れた息を吐き出した。
昔、まだベルナルドと2人だけだった頃はベルナルドが自慢の真っ赤なアルファロメオで迎えに来てくれて、そのまま2人で朝までドライブなんてこともあったなと思う。昔を懐かしく思い返すなんて、年を取った証拠だろうか。苦く笑った。

運転手に礼を言って、漸く辿り着いた我が家のリビングには明かり。
表情を和ませて、玄関のチャイムを押す。
ピンポーンと無機質な音が響いた。
厚い扉の向こうに足音が生まれ、パタパタとゆっくり近づいてくる。ガチャリと開いた先、ふわりと淡い緑の髪が揺れ、柔らかな微笑が目に入った。

「おかえり、ルキーノ」

労りに満ちた声。先程まであんなに疲れていたのに、顔には自然と笑みが浮かぶ。

「ただいま、ベルナルド」

引き寄せられるように抱き締めて、愛しい人の頬に唇を寄せた。


「ジャン達は?」
「もう寝たよ」
「だよな」

こんな時間だ。寝ていない方が困る。
てっきりそのままリビングへ行くとばかり思っていたら、ベルナルドは子ども部屋へ足を向けた。イヴァンとジュリオの部屋だ。
楽しそうな含み笑いで、そうっと静かに扉を開く。
オレンジ色の明かりに包まれた室内に、廊下の眩しい蛍光灯が差し込んだ。
扉のすぐ前に置かれたダブルベッドに3つの丸い膨らみ。

「ははっ」

堪えきれず、思わず小さく笑った。
中央にジャン、彼の温もりにしがみつくようにして両側にイヴァンとジュリオが眠っている。
枕元には閉じられた絵本。題名までは暗くて読めなかったが、恐らく「オズと魔法使い」だろう。最近夢中になって続きをせがんでくるのだとジャンが楽しそうに言っていた。
ベルナルドが1人にならないように手を繋いで、床の所々に落ちているおもちゃを避けながら、足音を立てないようにベッドへ近寄る。
愛しい子どもたちの頭を順に撫でた。
イヴァンとジュリオは当然だとして、ジャンも寝顔はまだまだ幼い。
聞こえてくる穏やかな寝息。一体どんな夢を見ているのだろう。
胸を満たす暖かな気持ちが、疲れを溶かしていく。
ルキーノの隣で、ベルナルドもまたルキーノと同じように優しい微笑を浮かべていた。子どもの穏やかな寝顔からベルナルドに視線を映したルキーノは、そんな彼にしばし見とれ、それに気付いたベルナルドはニコリと笑って、人差し指で開けたままの扉を指す。
ルキーノも笑い返して、コクリと頷き部屋を出た。
開けた時と同じように静かに扉を閉める。

「ジャン、今日はイヴァンたちの部屋で寝たんだな」
「今日は午前中授業で、帰ってからイヴァンとジュリオにつきっきりだったんだ。疲れたんだろう」
「子どもの体力は侮れないからな。……やっぱりダブルベッドにして正解だった」

おかしそうにルキーノが笑う。
もともとイヴァンとジュリオのベッドは別々だったのだ。
しかし、2人に物心がついた頃、どちらの枕元でジャンに絵本を読んでもらうか毎晩盛大な喧嘩が起き、その度にどちらかが泣くまで収まらないので、ベルナルドとルキーノは悩んだ末にジャンも含めた3人で寝られるダブルベッドを1つ買ったのだった。
ジャンは普段弟たちを寝かしつけた後に自分の部屋にあるベッドで眠るが、疲れている時はそのまま弟たちと一緒に寝てしまうことも多い。
相変わらず、仲が良い兄弟だ。


「仕事してたのか?」

リビングに入ると、ベルナルドの席にはつけっぱなしのノートパソコンがあった。

「ああ、少しね。もう止めるよ」

ベルナルドがパソコンを操作する。それを見ながら、ルキーノはさっさと背広を脱ぐ。
あまり無理をするなと言いたいところだが、無理をさせているのは自分でもある。
ベルナルドが仕事をするのは、1人でいる時に気を紛らわせるためでもあると知っていた。

「悪いな。今日も遅くなって」

ルキーノが謝罪すると、ベルナルドは苦笑して肩を竦めた。

「気にするな。俺の方こそ悪いな。帰ってくるのもきついんじゃないか?」
「そんなことないさ」

終了したのかパソコンをパタリと閉じたベルナルドを、背後からぎゅうと抱き締める。ふわりと香ってくる匂いが、最後の疲労の一欠片まで溶かしきった。自分の手の中にある温もりが愛しい。離したくない。
確かに仕事の終わりが遅くなると、また通勤してくるのが面倒だからと会社の仮眠室に泊まる奴もいる。ベルナルドとルキーノも、以前はそうしてよく会社に泊まり込んでいた。
しかし、今はどんなに遅くなっても帰りたい。

「帰ってこないと疲れも取れないし、やる気が出ないからな」
「……俺も、お前が帰ってきてくれると助かる」

回した手を握られ、返された言葉に口元が弛む。
うなじに音を立てて口付けた。
ベルナルドは暗闇が苦手だ。ルキーノといつも同じベッドに眠る。ルキーノが帰ってくるまで、リビングでパソコンと向き合って待っている。
それを嬉しく思うことこそあれ、迷惑などと思うはずがない。

「お待たせ、ベルナルド」
「待ってたよ、ルキーノ」

冗談めかして笑い合いながら、振り向いたベルナルドと口付けを交わした。
2人の夜はまだまだこれからだった。



END
09/10/17


題:確かに恋だった


秋野様へ
4000hitキリリク「家族パロでルキベル夫婦のお話」でした。
ありがとうございました!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ