novel

□ロマンチックには程遠い
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いつものように大量に人を殺して、けれどもバクシーをゾクゾク震えさせるような強い奴はいなくて、どいつもこいつも手応えがない。
仕方ないので、せめてもと死体に傷をつけて遊んでいた。彼が現れたのは、そんな時だった。

「なんだ、てめえ?」

聞こえた足音と気配に、くるりと振り返って聞く。
古びた工場の扉から差し込む日光を背後にしていて、姿ははっきり分からない。
けれど、死体に囲まれた血溜まりに立っているバクシーを恐れもせず、彼はこう言った。

「……僕、こういう者です」

死体を避けて、血溜まりは気にせず踏んで、歩み寄ってきた彼に渡された名刺には、「ラヴ&ピース」の文字。
その動作があまりにも自然だったので、うっかり受け取ってしまった。文面を眺め、数瞬後に我に返り、バクシーは嘲笑う。

「お前、掃除屋かア」
「はい、そうです」

朗らかに男が答えた。
バクシーに恐れた様子も、気を悪くした様子もない。
単に馬鹿なのか、それとも馬鹿にされているのか。

結論を出す前に、バクシーはショットガンを抜いていた。

「まだ殺し足りねえんだよお! 死んじまえええ!」

狙ったのは、腹。
この至近距離だ。ラグトリフという奇妙な名前の男は、避ける間もなく内蔵を吐き散らかして、寝転ぶ死体の仲間入りをする、はずだった。
耳を塞ぎたくなるような発砲音が、がらんとした工場内に反響する。

「いきなり撃つなんて、危ないですねえ」

少し離れたところから、平静を保ったままの声がした。
笑みを掻き消して視線を上げる。飛び退って逃げたのか、先程よりも少し離れたところにラグトリフが立って、ニコニコと微笑んでいた。

「いいぜえ……。いいぜいいぜいいぜえええ! こりゃあいい! 楽しめそうダア!!」

今までの抵抗する間もなく殺されていった弱者とは違う。
バクシーの背筋を、ゾクリと何かが這い上がった。ポカンとした顔に次いで獰猛な笑みが浮かぶ。瞳はギラギラ凶暴に輝いて、正しく獲物を狙う獣のそれ。

バクシーは夢中になって撃った。
撃って迫ってまた撃って斬りつけた。
素早さを生かして縦横無尽に動き回り、相手の死角から的確に命を狙った。

だが、その全てをラグトリフは避けた。
息も空気も乱さず、表情を歪めることも汗を垂らすことすらなく、最低限の僅かな体の動きでバクシーの攻撃を全て避け、なおも笑みを交えた暢気な声で言う。

「私も仕事が立て込んでいますので、そろそろいいですか?」
「なんだとテメエよお……。ハーーーハハハッ! さっきから避けてばっかじゃねえカァ! え? 向かってくる勇気もないのかよ、タマ無しファッキン野郎!!」
「そうですねえ。私は掃除屋ですから、汚れを増やすことはあまり得意じゃないんです」
「……!」

バクシーの顔から笑みが消える。つまらない。挑発にも応じないなんて。
高ぶっていた熱が冷えた。
弾は後数発。
冷静になってみれば、今の状態はヤバイ。
気分が高揚して時間を使い過ぎた。よく考えれば、彼1人でこの惨状を掃除できるとは思えない。仲間が来ると考えた方が妥当だ。
おまけにここはデイバン。この掃除屋が誰から依頼されているかなんて、考えるまでもない。
バクシーは決して馬鹿ではなかった。だからこそGDの幹部にまで上り詰めたのだ。

「ハン……覚えてろよ、クソ豚野郎……!」

引き際を見誤るのはただの馬鹿。
バクシーは最後に歪んだ笑みを浮かべ、捨て台詞を吐いてその場から撤退した。
ラグトリフはそんな彼を止めるでもなく、何を考えているのか分からない笑顔を浮かべて、バクシーが立っていた場所を眺めていた。





「……最初は結構カッコイイ出会いだったじゃねえかア」
「そうですね〜。まるで最初からこうなるのが運命だったみたいですね」
「ざっけんな、この腐れチ○ポ野郎」
「おや、ひどい。今日もバクシーさんはご機嫌斜めのようで。あ、カブトムシ食べませんか? 美味しいですよ?」
「いらねえーーー! 誰が食うんだそんなの? お前だけだろうが、ああん?」
「美味しいのに……どうして皆さんカブトムシの良さを分かってくれないんでしょうかねえ」
「知るかア」

平日の昼下がり。
ラグトリフの仕事場もとい隠れ家の1つで、一緒のソファーに並んで座って、ラグトリフが美味しそうにカブトムシを食べている様を信じられない物を見るような心底軽蔑した目で眺めながら、こんな状況に自分がいること自体が信じられないとバクシーは溜息を吐いた。
あの初めての出会いから、早数ヶ月。
CR:5よりも強いのではないかと思う実力をまざまざと見せつけられ、何故この男が掃除屋なんてちんけな職業に収まっているのか興味を持ったバクシーは、主に勝負を仕掛ける目的でラグトリフに付きまとうようになっていた。
どんな季節でもあのウザいコート姿だ。少し情報を集めれば、居場所はすぐに知れる。

しかし、結局バクシーの攻撃は未だに1度も当たったことがなく、ラグトリフから反撃されたこともなく、こののほほんとした言動や行動に翻弄されて、いつの間にかラグトリフの好みを覚えるほど近しい付き合いになってしまった。
バクシーには全く予想外だ。信じられない。これは夢なんじゃないかとよく思う。

「夢じゃないですよ」
「……」

また心を読まれた。
ラグトリフには、CR:5の幹部達に効果絶大のスラングをたっぷり含めた挑発も効果がない。たまにまともなことを考えている脳内をあっさり読まれて返事をされる。
もう得体が知れないを通り越して不気味だ。気味が悪い。バクシーの中で、徐々に「ラグトリフは宇宙人説」が信憑性を増している。

「まあ、俺にはどうでもいいぜえ。お前が宇宙人でどんな腐れマ○コから生まれてようがよう。……俺はただてめえが殺れればいいんだぁ! ヒャッハア!」

ガリバリボリと聞きたくない咀嚼音を響かせているラグトリフに向かって、バクシーは容赦なくナイフを振るった。
グサリと体温を残したソファーに刃が突き刺さる。
ラグトリフは、既にいない。

「それ、気に入ってたんですけどねえ。残念です」
「知るかあっ!!」
「貴方にヤラれるのは嫌ですから……そうですね、バクシーさんが僕に1度も当てられなかったら、僕がヤリましょうか」
「やっと殺る気になったカァ! いいぜええ、楽しくやろうぜぇ、ラグトリフっ!」
「ええ」

今までにない展開に、バクシーは瞳を輝かせてショットガンを構えた。
ラグトリフがカブトムシをごくりと飲み込んで、いつもと変わらない笑顔でバクシーを見つめる。

穏やかに見えた昼下がりは束の間。まるで遊ぶように楽しげに、バクシーは凶悪的な威力を爆発させる引き金を引いた。



END
09/09/20


題:確かに恋だった

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