novel

□見えない紐でつながっている
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俺の名前はジャンカルロ。
年は25で、有名な大企業「CR:5」社長の3男だ。
成績は昔から平々凡々。身長は兄弟の中で1番低い。
役職にはついてなくて、1人で会社の外を移動することもよくある。

つまり。

「てめー、逃げたらどうなるか分かってるだろうな?」
「……」
「ビビってんぜ、こいつ」

こういうことが起こりやすい。
帰宅のピークには少し早い夕方。人気のない道に入った途端、横付けしてきた車の中に押し込まれてから早1時間。
俺は猿ぐつわを噛まされ、手と足をロープで縛られて、薄暗い埃の積もった部屋に放り込まれていた。
男達は下品な笑い声を上げながら、扉の外に出ていく。
狭い部屋だ。
建築途中で放置されたビルの壁は剥き出しのコンクリートで、家具も何もない。誘拐した人物の監禁場所としてはよくあるパターン。
頭上には換気口。壁には窓が1つ。
見張りは部屋の外。体を縛り付けているのは太いロープ。逃げようと思えば逃げられる。
でも、会社に連絡あって敵の尻尾が出るのはもうちょい、か。
親父も相変わらず無茶な命令しやがるぜ。
裏切り者が誰か分からねーから誘拐されてこい、なんてさ。
ちょっと寂れた道に入っただけで、あっさり誘拐して疑いもしない奴らも奴らだが……。


親父が俺にこんな命令をしてくるのはわけがある。
俺は他の兄弟達と違って、運動神経も学力もそこそこだ。
良いのは、ただ1つ。運だけ。
昔からテストの勘は必ず当たるし、ギャンブルでは負け知らず。恋愛関係にも目立ったトラブルがない。
幼い頃から兄弟の中で誘拐されるのは必ず俺。それだけ聞くと不幸だが、一般人が誘拐されそうになったところを助けてくれたり、監禁された所の窓の鍵が開いてたり、逃げても誰にも見つからなかったりと強運続きで、犯人が俺を誘拐して成功したことは1度もない。
今ではすっかり誘拐されることにも慣れて、普段からもしも誘拐されたらどうやって逃げ出すか考えるのが癖になっちまってる。

腹減って我慢できなくなったら、逃げだそーかな。
今日の晩飯は何だろ。デザートもあればいいけど。
そんなことを考えながら、俺は緊迫感のない欠伸を1つもらした。





次の日、俺はカーテンから差し込んでくる朝日で目を覚ました。
今日は休日。誰からも起こされず、のんびりと惰眠を貪れる日だ。
なのに、目が覚めちまったのは、部屋に明かりが点ってたのと、背中の温もりのせいだろう。
後ろからしっかりと抱き締められていた。振り向いて確認しなくても分かる。ベルナルドだ。
耳元に寝息がかかる。まだ起きる気配はない。いつも朝が早いベルナルドにしては珍しいけど、俺の布団に潜り込んでくる時はいつものことだ。つまりはそれだけ疲れてるってこと。

昔からベルナルドは疲れたり、精神的に辛くなると俺の布団に潜り込んでくる。人の温もりに触れていると安心するらしい。

俺はベルナルドを起こさないように気をつけながら、胸元に回された手に、自分の手をそっと重ねた。
今回、ベルナルドがこんなにも疲れてしまったのは俺のせいだ。昨日は結局、頃合いを見計らって逃げ出して、自力で家まで帰り着いたけど、その間ずっとベルナルドは会社で懸命に動いてくれていたらしい。
俺が戻ってきてからもずっと、彼は連絡やら報告のまとめやらで遅くまで仕事をして、家に戻ってきたのは真夜中だろう。

俺が誘拐されると、ベルナルドはいつも心配して、疲れているからってのもあるんだろうけど、まるで戻ってきたことを確認するように、俺のベッドに潜り込んでくる。
きっと俺以外の兄弟の中で、唯一ベルナルドだけが1度誘拐された経験があるからだ。
俺がまだ小さかった頃、誘拐されたベルナルドは、何度も誘拐されている俺でもされたことがないほど酷い扱いをされたらしい。まだ幼かった体を袋詰めにされて、騒ぐと怒鳴られて蹴られて。
呼吸も苦しくなるような狭さで、視界は真っ暗。何処から暴力が降ってくるかも分からない。そんな状態で、まともに飯も食べさせてもらえずに……どれだけ怖かったかなんて、口じゃきっと説明できない。トラウマを残すには十分だ。
それ以来、ジュリオとイヴァンには隠しているが、ベルナルドは暗闇と閉所をひどく怖がる。最近は時々になったけど、あの当時はしばらくずっと俺を抱き締めて眠ってた。
ルキーノはもう大きかったし、まだ幼かった俺はベルナルドと一緒に眠れることを純粋に喜んだから、必然的にそうなったんだな。
その習慣が抜けきれなくて、ベルナルドは疲れて人恋しさがピークになると俺を抱き締めて眠る。昔みたいに。

「ん……ジャン……?」

寝ぼけた不明瞭な声が俺を呼ぶ。

「ああ、ベルナルド。……悪りぃ、起こしたか?」
「いや……んん……久し振りによく寝た、な」
「そりゃ良かった。まだ寝るなら寝てていいぜ? ……昨日は、心配かけて悪かったな」
「ボスからの命令だろう? お前は悪くない。……俺の方こそ、悪いな。いつまでたっても甘え癖が抜けなくて」
「気にしないで、ダーリン。私と貴方の仲じゃなぁい」
「そうだね、ハニー。ありがとう」

クスクスと笑い合う。こんな冗談を言えるのはベルナルドが相手だからこそだ。穏やかな雰囲気が心地良い。
するりとベルナルドの腕が離れた。

「もういいのか?」
「ああ。これ以上寝ると、生活リズムが崩れそうだ。ジャンはどうする?」
「俺も起きる。……んん、どーすっかなぁ」
「暇そうだね。俺もやることは昨日済ませてきたし……ジャンがよければ、この前新しくオープンした店にショッピングなんてどうだい? ジャンが気に入りそうな物があったよ」
「マジで!? 行く行く! ベルナルドが連れてってくれる店って絶対俺好みの売ってあんだよ! さすがだぜ!」
「お褒めいただいて光栄だよ、マイハニー」

休日の早起きもたまには良い。
とりあえず朝食を食べようと、俺たちは浮かれた気分で、着替えもせずにリビングへと足を運んだのだった。



見えない紐でつながっている

(うわ、俺これすげえ好き!)
(だと思った。似合ってるよ、ジャン)





09/09/11

題:joy

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