novel

□もしも、この暗闇から抜け出せるなら
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「な、な、なんだぁこりゃあああああああ!!!!」

早朝、目覚ましが鳴る前に俺は叩き起こされた。本当に飛び起きた。
壁がビリビリ震えるんじゃないかと思うほどの大声が、隣のイヴァンの部屋から聞こえてきたからだ。

いつもなら、すぐに。

「うっせーんだよ、バカ!!」

と怒鳴って、壁を殴りつけていただろう。
でも、今日は出来なかった。

「有り得ねえだろ!? クソ、ファック! ファアアック!!」
「な、なんだぁ!?」

イヴァンの部屋から聞こえてきたのが、甲高い女の声だったからだ。パニックになっているようで少し泣きそうに聞こえる。
一方、イヴァンの声は全く聞こえない。

何かとんでもねえことが起こってる。
そう察した俺は布団を蹴っ飛ばして立ち上がると、寝間着を着替えもせずに部屋を飛び出した。

ピンポンピンポンピンポン

「イヴァン! 開けろ! さっさと開けろ!! おいこら!」

チャイムを連打して、空いた手でドアを叩き続ける。
でも、イヴァンからの返答は全くない。

「無理だ! 出れねえっ!!」
「なんで!? っていうか、誰だよ、あんた!?」
「はぁ!? てめえ何言ってんだ!」

ドアを挟んで、何故か女性と激しい口論。
こんなに大騒ぎしてるんだ。同じ階の奴らが出てきてもおかしくないのに、他の奴らが出てくる気配がない。
どういうことだ?
ルキーノならこの大騒ぎで黙ってるわけないし、ベルナルドも面倒見が良いから様子を見に来るだろう。騒いでるのが俺だからジュリオも出てくるはずなのに。

「だーっもう! 心配してんだよ! 早く出てこい、イヴァンっ!」
「多分、無理だと思うよ」

その時、背後から遠慮がちに声が掛けられた。
落ち着いた女性の声。
イヴァンの部屋にいる誰かを怒鳴りつけることに夢中になっていて、全く気付かなかった。
階下まで迷惑をかけていたかと、慌てて振り返る。


思考が全部、頭から吹っ飛んだ。


「……あ?」
「おはよう、ジャン。お互い外に出て来るには相応しくない格好だね」

俺に声を掛けてきたのは、大人びた若い女だった。ニコリと、少し疲れてはいるが親しみを込めた笑顔を浮かべている。
背は女にしては高めで、ふわりとした黄緑色の髪に、同じ色の瞳。目が悪いのか黒縁の眼鏡をかけていた。
自身で言うとおり、外に出るには相応しくない格好だ。彼女は男物のぶかぶかなパジャマを上だけ来るという、なんとも恥ずかしい、男が彼女に夢見る格好をしてた。

問題なのは、その男物のパジャマがベルナルドのと全く同じってことだ。

「………………え、ちょっと待って。俺、夢見てる? ここどこ? 今何時?」
「落ち着け。夢じゃない。……俺も信じたくないんだが、どうもこれは現実みたいだ。ちなみに、ここは俺たちが住んでるマンションで、今は6時15分。はは、ジャンならまだ寝てる時間だな」
「……え、妹、さん?」
「ジャン、俺に妹はいないよ」
「…………ぽかーん」
「げ、お前もか」

その時、ガチャリとイヴァンの左隣の扉が開いて、中から出てきた人物が心底嫌そうな声を出した。
目の前の女がそちらを向くのに合わせて、ギギと音がしそうなくらいゆっくりと俺は首を動かす。
嫌な予感がしてた。正直見たくなかった。
だって、そこはルキーノの部屋なのに、聞こえてきた声は紛れもなく女のものだったんだ。

「お互い大変そうだな、ルキーノ」
「お前は……ベルナルドだよな。どう見ても」

ルキーノの部屋から出てきた女は、腰に手を当て溜息吐いた。たったそれだけの仕草が、妙に色っぽい。あと、とんでもなく偉そうだ。
彼女の髪の色と瞳の色はルキーノと全く同じだった。声は美しいハスキーボイス。

1人なら、無理矢理でも妹とか双子の姉ちゃんだと思えただろう。
けれど、2人では……。


「う……嘘だろぉおおお!!?」

衝撃がそのまま喉の奥から悲鳴になって迸った。
俺を飛び起こさせた女くらい、それはでかい叫び声だった。

「どうした、ジャン!?」
「ジャンさん……!?」

同時に勢いよく背後と俺の部屋の右隣のドアが開く。
ガンッと頭にドアが当たって、辺りを星が飛び散った。いっそこのまま意識をなくせればいいのに。そう思ったけど、どうやら予想以上に俺の頭は丈夫だったみたいだ。

「大丈夫か、ジャン!?」
「イヴァン、開ける時はもうちょっとゆっくり開けろ!」
「わ、悪りぃ……!」

頭を押さえてうずくまる俺の横にベルナルド(の妹だと思いたい)がしゃがみ込んで、こぶが出来てないか確認するみたいに頭を撫でられる。ルキーノ(によく似てるだけだったらいいのに)がイヴァン(だと思いたくないけど)を叱責すると、彼女もびっくりしたのか申し訳なさそうに謝ってきた。

「ジャンさん……!? ジャンさん、大丈夫、ですか……!?」

そして、上から降ってくる泣きそうな声。独特の喋り方だ。違うのはいつもよりも声が高いってこと。
俺はうっすら滲んだ涙を拭いもせずに、恐る恐る上を見上げた。女3人が心配そうに俺を見下ろしていた。

「……お前ら、女になっちまったのか?」

情けない震えた声で問いかける。
いつも俺やベルナルドが仲裁しないと、喧嘩や言い合いばっかりしてるくせに、今日に限って奴らはコックリ揃って頷いた。




もしも、
この暗闇から抜け出せたなら


(俺はきっとみんなに抱きつくね! 「なんすんだ! キモいんだよ、てめえ!」なんてイヴァンからの暴言も、今ばかりは声の低さが嬉しくて許すさ!)





09/09/14

題:DEEPTEAR

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