novel

□家族サービスは計画的に
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その日、ベルナルドは最近夫と息子に心配され始めた前髪を遠慮なく掻きむしり、唸った。
目の前には出費ばかり綴られた家計簿。
今月は厳しい。

「ベルナルド、どうかしたのか?」
「ああ、いや……なんでもないよ」

テレビを見ていたジャンは、その声にくるりとベルナルドの方を向いた。彼の膝の上には小さな愛犬のジュリオが乗っていて、横には同じく愛犬のイヴァンが座っている。イヴァンは図体が大きくて膝の上には乗せれないので、隣に座らせて頭を撫でていた。

「なんでもないようには見えねーぞ」

ジュリオを抱きかかえ、立ち上がる。「わん!」。不機嫌そうにイヴァンが吠えた。

「はいはい、わーってるって。待ってろ、ジュリオ」

イヴァンの上にジュリオを下ろして、ベルナルドの傍へ。

「うわ……、悲惨だな……」

家計簿など付け方も見方もよく分からないジャンですら、今の状況が決してよくないことだけは理解できた。

「ルキーノの収入ってそんな少ないのか……?」
「ふぅ……、そういうわけじゃないんだけどね」

ベルナルドは難しい顔で家計簿を睨む。
それから沈んでいるジャンに気付き、慌てて笑顔を取り繕う。
しまった。子どもに聞かせる話ではない。

「やっぱ、犬2匹飼ってんのってキツいか……?」
「いいや。ジャンはちゃんと世話をしているしね。捨ててこいなんて言わないから、心配しなくていいよ」
「高3になってから模試とかも増えたし……」
「大丈夫」

クシャクシャと親ですら見惚れる金髪を優しく掻き混ぜる。

「ベルナルド……」
「俺がなんとかする。……悪いのは、全部あの男だ」
「え?」
「ほら、ジュリオとイヴァンが待ってるよ」

ベルナルドの不穏な言葉を聞き返そうとしたが、それは犬の吠え声に掻き消された。
鳴いているのは、勿論イヴァン。ジュリオはジャンの方だけを見つめて、イヴァンのことは歯牙にもかけていない。

「あのバカ…! こら、イヴァン! 近所迷惑だろーが! ジュリオ、分かったからくっつくなっ」

ジャンは慌てて2匹の元に戻っていく。
彼が拾った犬たちはジャンだけに懐いていて、家にいると始終くっついて離れようとしないのだ。
ジャンがいなくなると、すぐに2匹は喧嘩をしだす。いや、一方的にイヴァンが怒り出すと言った方が正しいか。
ジャンがイヴァンをなんとか大人しくさせて、ジュリオは膝の上、イヴァンはジャンの横といういつもの定位置で再びテレビを見始めた。
その時、ガチャリとリビングのドアが開いた。

「ただいま」

うっすらと顔を赤くした一家の主のご帰宅だ。
ちなみに今の時刻、夜中の11時。

「おかえりー。って、うわ、酒と香水くせー……」
「仕方ないだろ。今日も会社のお偉方の接待だ。毎日よくやるよなぁ、ったく」
「とか言って、本当は会社の費用でお姉様方と遊べて楽しいんだろ?」
「はは、まあな。でも、困るんだぜー」
「なにが?」
「俺にばっかり女が集まっちまう」
「言ってろ」
「ルキーノ」

賑やかに話していたら、常より低いベルナルドの声がルキーノを呼んだ。
あの家計簿の話をするのかと、ジャンの表情に緊張が過ぎる。

「おぅ、ただいま。ベルナルド」
「おかえり。……ちょっと、いいか?」
「ああ。どうした? あ、今日も土産買ってきたぞ。そこそこの品だ」
「こっちも見て驚かないでくれよ」

ルキーノが片手に提げていた、いかにも高級そうなワインをベルナルドに差し出すのと、ベルナルドが細かい字がビッシリ書き込まれた家計簿を突き出すのは同時だった。

「…………うわ、ひどいな」
「美味しそうだな。嬉しいよ、ルキーノ。……だが、分かってくれ」
「ああ……すまん。ちょっと反省した」
「なになに? 何だよ。どうなったんだよ!」

事情をさっぱり飲み込めないジャンがベルナルドを見る。心なしか犬たちまで不安そうにベルナルドを見つめていた。
そんな彼らに心配いらないとベルナルドは爽やかに笑う。悩みの種が消えたように、その顔は晴れやかだった。

「つまり、もう家計の心配をする必要はないってことさ」
「は? なんで?」
「家族思いで心優しいお父様が、土産を減らしてくれるそうだからね」
「……」

ベルナルドに家計簿を返して、苦笑しているルキーノを見る。それから、ベルナルドが受け取った木箱入りのワインに視線を移した。
ルキーノが家族と一緒に過ごせない詫びにと土産を買ってくることは珍しいことではない。内容は包装されたチョコレートだったり、ワインだったり、ブランデーだったり、どれもジャンが飛び上がって喜ぶほど美味しい物ばかりだ。
それで、分かった。

「…………ルキーノ、これ、いくらだったんだ?」
「あー……今日のは5万、くらいかな」
「はぁああああ!!?」

今日特別高い物を買ってきたわけではないだろう。それならルキーノが最初に言っている。以前、生きたままの高級エビを買ってきた時はそうだった。
つまり。

「な、これで解決だろう?」
「……そうだな」
「悪かったって! ほら、嫌なことは飲んで忘れようぜ! 今日のワインは美味いぞー。特別に譲ってもらったんだ」
「ジャンはまだ未成年だぞ」
「固いこと言うなって」
「そうそう! いいじゃん、ちょっとくらい」
「……ふぅ。一杯だけだからな」

ベルナルドが3人分のグラスを用意しにキッチンへと向かっていく。
ルキーノは丁寧に木箱を開け、ワインを取り出す。

「ジュリオ、イヴァン、お前らも飲むか」
「わん」
「わおんっ!」
「おいおい、いいのか? 犬に飲ませて」
「大丈夫だよ。こいつら普通の犬じゃねーから」
「なんだそりゃ」

人々が眠りにつく時間。
彼らの家では賑やかなパーティーが開かれようとしていた。



END
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