novel 2

□もしも、君が望むなら
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3時間目開始のチャイムが鳴った。
体育館はもう生徒でいっぱいだ。
授業がいきなり集会に変わるなんて普通じゃないから、憶測が飛び交って、すごい騒ぎになっちまってる。

「やあ、ジャン。お疲れ様」
「ベルナルド。会いたかったぜ」

別れてからそんなに時間は経ってない。けど、久し振りに再会できた友のように俺とベルナルドは互いの肩を叩き合った。
ここは体育館の舞台裏。耳を塞ぎたくなるような騒音も、少しだけ遠い。

「ジャンさん」
「ジュリオも綺麗になったな」
「ありがとう、ございます」

様子を窺うように見てくるジュリオにも、ニッコリ笑いかける。
ベルナルド達は髪も制服もきちんと整えて、本当に綺麗に変身していた。
イヴァンを探しに行く前に見て耐性をつけておかなかったら、今頃固まってたかもしれない。
もうすっかりベルナルドはおしとやかなお嬢様、ルキーノは派手系のお姉様、ジュリオは大人しいけど芯が強そうな女の子だ。
何も知らない奴が見たら、男だなんて気づきもせずに惚れるんだろうな。

「何の心配もなさそうだな」

あとは言葉遣いだが、こいつらならそれくらい上手く演じられるだろ。

「ああ。問題は――」

ベルナルドが眉を下げて、チラリと少し離れたところにいるイヴァンを見た。
身嗜みにかなり気を使うルキーノは、イヴァンの一応梳かしただけの髪が我慢できなかったらしい。俺達が舞台裏に現われた途端、イヴァンを捕獲して髪を弄っている。

「多分、大丈夫だと思うぜ」

イヴァンが不満たっぷりの顔をしながら暴れずに耐えているのを見て、俺はそう言った。

「何か、あったんですか?」
「ああ。俺達がここに来る時にな」



保健室から出ると、体育館まで移動する廊下は、もう生徒でいっぱいだった。
俺は一応生徒会長だから、歩けば自然に道ができる。だから進むのには問題ないが、突き刺さる視線が痛い。

「生徒会長の横にいるの誰だ!?」
「すげー可愛い!!」
「転校生かなあ?」
「あの髪の色……もしかして、イヴァン様の妹さん!?」

(聞こえてるぞー……)
冷や汗を流しながら、そーっと左下の青髪を見る。黙り込んでいるのが逆に怖い。

「……ジャン」

ぞっとするほど低い声だった。

「イヴァン……?」

初めてイヴァンの背が低くなったことを恨む。
いつもなら横を見ればすぐに顔があるのに。こいつが何を思っているかすぐに分かるのに。
今は見上げてくれなきゃ、どんな顔をしてるか全くわからねえ。
なんて言ったらいいか視線を泳がせた俺に、イヴァンは言葉を続けた。相変わらず不機嫌で低い、俺だけに聞こえるように顰めた声だった。

「お前、女好きだよな?」


……は?


「はああ!?」

何言ってんだ、こいつ!

「いいから答えろよ、ジャン」

イヴァンの声はすごく真剣で……だからこそ、意味が分からない。

「そりゃ好きだぜ? 男だし」
「そうか……」

答えたのに、また沈黙。
相変わらず周囲は騒がしくて、どう声を考えようか悩んでいると。

「分かった」

突然、イヴァンが何か吹っ切ったように深い息を吐き出した。

「心配すんな。ちゃんと演じてやるよ。ボスの命令だから仕方ねえ」
「イヴァン……」
「俺の本気舐めんなよ。惚れても知らねえぞ、ジャン」

そう言って俺を見上げたイヴァンの顔には、今日初めての不遜な笑顔が浮かんでいた。
思わず胸がときめくような、可愛くて頼もしい笑みだった。



「……俺の演技に期待しとけってよ」

少し悩んでから、それだけ口にする。
空いた間にベルナルドは不思議そうな顔をしたが、すぐに何も言わず微笑んだ。

「そうか。楽しみだな」
「笑わせてくれそうだよな」
「ジャンさん、俺も、頑張ります」
「ああ、期待してるぞ、ジュリオ」
「はいっ……!」

頭を優しく撫でてやると、ジュリオもとろけるように笑う。

「おい、お前ら、見ろ!」
「あ、なんだよ、ルキーノ?」

3人で和んでいたところに、ルキーノの満足げな声が挟まる。
俺達は揃ってルキーノの方を振り向いて……固まった。

「完璧だろ?」
「な……」
「……」
「……ワオ」
「人の顔見て固まってンじゃねーよ! ファック!」

ぎゃんぎゃんと途端に吠え出すイヴァンの、髪が……。

「ぶふっ」

最初に吹き出したのは勿論俺だった。

「はははっ、可愛いぞ、イヴァン」
「なんだよ!」
「似合ってる」
「な……ジュリオ……!?」
「さいっこうだぜ、ルキーノ!」
「だろう? 俺もまさかここまで似合うとは思ってなかったぜ」

全員に大爆笑されて、イヴァンは目を白黒させると、顔を真っ赤にして震えた。

「……ジャン!」
「なんだよ?」

精一杯の強がりで両手を腰に当てて威張ってみせる。
小柄な体でミニスカツインテ。
むかつくどころか可愛いぜ。
他の3人が可愛いと言うより美しいと言った方がしっくりくる外見なのに対して、イヴァンはもうどこから見ても可愛い女の子だった。

「似合ってんだな?」
「あ? ああ。似合ってる。今のお前にピッタリだぜ」
「……そうかよ」

ツインテにされてるのは、結ばれた感じで分かるんだろう。
それでもイヴァンは俺の言葉を聞くと、騒ぐのを止めて黙り込んだ。
まだ眉はくっきりと寄せられていたが、髪型は崩さない。
イヴァンらしくない態度に俺達は顔を見合わせて首を傾げる。


集会開始の時間が、徐々に近づいてきていた。



もしも、君が望むなら

(俺だって、お前のこと好きなんだからなっ!)





10/05/09

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