novel 2
□夜中の戯れ
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夜中。明かりも消えた暗闇で、イヴァンの目ははっきりと覚めていた。
自分の隠れ家にあるゴミ寸前の物と違って高級でふかふかなベッドの上。疲れているから瞼は重いのに、意識が途切れてくれない。
すぐ側にルキーノの温もりを感じるからだ。
もうダチはいらないと決めたあの日から、誰かがいる部屋では眠らないことにしている。いや、本当は眠れないだけだ。例えそれが無力な情婦でも、信頼できる部下でも、直前まで肌を重ねていた仲間でも――誰かがいる時に熟睡できるほど気を弛めることはできない。
イヴァンの背後からは気持ち良さそうな寝息が聞こえていた。
1人だけいい気なもんだと鋭く舌打ちする。
寝ないなら寝ないで時間を有効に使いたいのに、ルキーノが背中から抱き締めているせいで起き上がることもできない。
夜が長い。
「なんだ……眠れないのか?」
突然、耳元で声がした。
寝起き特有の、いつもより低くて聞き取りにくい声だ。
「なんだよ! ファック!」
「いきなり耳元でわめくな、バカ」
驚いた。
なんで起きた。舌打ちのせいか。
腰にあった手が動いて、水色の猫っ毛を乱暴に掻き混ぜられた。
「クソ! なにすんだ! 止めろ!!」
「寝れないなら起こせ」
頭にあった手が滑り降りてきてイヴァンの目を隠す。暗闇に慣れていた視界が完全な黒になる。
何も見えない。
「……っ!」
反射的にその腕を掴んでいた。必死で力を込める。
他人にもたらされる闇は嫌いだ。
――あの日を思い出しそうになる。
ルキーノの手は何事もなかったように目から離れて、イヴァンの体を撫でながら腰に戻っていった。
仕上げとばかりに下腹を一撫でされて身震いする。抱き締める力が強くなって背中に触れるルキーノの胸が温かい。
「イヴァン」
「なんだよ」
キツくキツく瞼を閉じてイヴァンは不機嫌な声を出した。
からかってきたら思い切り罵倒してやるつもりだった。
「同じ夜でも1人で悶々とするより2人で話した方がいいだろう」
それなのに耳をくすぐる声は優しい。嫌味のない笑い混じりだ。こんな温かさをイヴァンは知らない。
気持ち悪い。胸がザワザワして落ち着かなくなる。
「けどよぅ……お前、明日早いだろ」
つい言うつもりのなかったことが口をついた。
「なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
ルキーノの笑いがますます大きくなる。声は押さえているが、密着した体の振動で丸分かりだ。
眉間にまた1本皺が増えた。
そもそもルキーノの腕が邪魔なら無理矢理引き剥がせばよかったのに、最近シノギが忙しいと聞いていたから気を使ったなんてらしくない。そんなことのは自分がよく分かっている。
「可愛いな、イヴァン」
「誰が可愛いだ。うるせえバカ死ね」
罵っても1度上機嫌になったエロライオンには通じない。
頭にうなじに落ちてくる口づけを、不機嫌な顔のままイヴァンは黙って受け入れた。
1人でいた時よりもずっと早く夜が過ぎていくことを、悔しいが認めないわけにはいけなかった。
END
10/04/07