novel 2

□もしも、君の苦しみを減らすことができるなら
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『分かった。大丈夫だ。イヴァンは俺が連れてくる』

3人から簡単な説明を聞き、俺が探すのが1番だと判断して宣言してから、もう5分経つ。
とりあえず走り去った方向に進んでるんだが、イヴァンはなかなか出てこない。すれ違う奴もいない。
あいつ、どこまで行ったんだ?
まさか校舎の外に出ちまったなんてことはないと思うんだが……頭に血が上ったら何するか分かんねえからな。

「おーい、イヴァンー?」

潜めた声で名前を呼ぶ。
ガタンと左から物音がした。

「……」

そこは保健室。疲れた学生達の憩いの場だ。
けど、賑わうのは休み時間と午後くらい。2時間目から休もうなんて奴はそうそういない。
この学校の理事長(エロオヤジ)は女の先生に近づく奴には厳しいんだ。

今、保健医は理事長室にいる。
ここには誰もいないはずだ。
息を詰め、ジッと扉を見つめる。
あれ以来、中からは何の音もしない。
それが逆に怪しい。


まるで俺の声聞いて慌てて椅子から立ち上がったはいいが、連れ戻されることを怖れて様子を窺ってるみたいじゃねーか?


(−−勝負!)

「……イヴァン、入るぞ」

扉に手をかけ、勢いよく引く。
ガシャンと耳障りな音がした。
鍵だ。
(ビンゴ!)
ニヤリと獰猛な笑みが浮かぶ。
慌てることなく、俺は学生服の胸ポケットに手を伸ばした。

「−−失礼しますっと」
「な、なんで入ってこれんだよ!?」

30秒後、扉を開けて入った保健室には、予想通りイヴァンがいた。椅子から中途半端に腰を浮かせ、驚きで口をあんぐり開けた間抜けな顔をしている。

「なんでって鍵開けたに決まってるでしょー?」
「どうやって!」
「これで」

いつも束にして持ち歩いている針金を揺らして見せると、イヴァンはガックリ項垂れた。
俺が自分で細工した鍵開け道具だ。

「クソ……まさか生徒会長が空き巣の常習犯とはな」
「不良の役員に言われたくありませーん。これは鍵を持ち忘れるから仕方なくだ。盗みはしねえよ」

余裕だとアピールしたいのか。引きつった笑みで嫌味を吐きながら、イヴァンの目はキョロキョロと動き回っている。
逃げるべきか、留まるべきか。思考を巡らせているらしい。
全く往生際の悪い奴だぜ。
呆れながら、俺は改めてイヴァンの全身を見つめた。

制服は乱れ、髪もボサボサだが、セーラー服を身に付けたイヴァンはもうどこからどう見ても女だ。
際どい長さのスカートで露になった白い足。服を着ていても目を奪われる胸の膨らみ。
……良い男って良い女になるんだな。
真相を知っている俺でもイヴァンが男だってことを忘れそうになる。
やっぱり服は大事だ。
学ランを着ていた時とは全く違う。
さっきベルナルド達を見た時も、一瞬見惚れて言葉が出てこなかった。

「あー……」

俺の目まで泳ぐ。

「なんだよ」

(うわ……!)
イヴァンのバカ、上目遣いで頬染めは反則だろ!
ちょっとでもドキッとしちまった自分を殴り飛ばしたい。

「ジャン?」
「気にすんな。……で、下着が嫌なんだって?」
「なっ、なんで知っ、ファック!!」

カアアアっとイヴァンの顔が真っ赤になる。まるで恋する女の子みた……って違う!

イヴァンは男だ!
しっかりしろ、俺!!

「……気持ちは分かるぜ。俺も男だ。いくら外見が女になったからって、下着まで女物つけるのは抵抗あるよな」
「ジャン……」

若干視線を逸らしつつ、そう言うと、イヴァンの警戒が大分弱まった。
こいつのプライドが高いのはよく分かってる。いくらボスの命令でもセーラー服を着るのは精神的に相当キツかったはずだ。
だから、下着に関してはあんまり強引にせず、イヴァンの意思を尊重したかった。

「……ジャン」
「なに?」
「お前は、つけた方がいいと思うか?」
「えっ。あー……」

似たようなこと、ベルナルドにも聞かれたな。
トランクスはイヴァンの場合スパッツ履いて見えないからいいとして、問題は……。
その胸。
体が小柄な分余計に大きさが強調されている。
これが動く度に揺れるなんて、健全な男子高校生には耐え難い。

「……イヴァン、お前はどう思う?」
「あ?」
「だから、もし俺が女になって、下着つけるか悩んでたら……お前なんて言う?」

正直に言ったらスラングたっぷりの怒鳴り声が飛んできそうだったんで、言い方を工夫してみた。
これならイヴァンも少しは冷静に考えられるだろ。

「な、なななな何言ってんだ、てめえ!?」
「へ?」

ところが、イヴァンの反応は俺の予想とは全く違っていた。
顔が火がついたように真っ赤になって、激しく慌てている。
あれ、俺なんか変なこと言ったっけ?

「お前が女になったら下着つけなきゃいけねえに決まってんだろ! 危険すぎる! すぐ喰われちまうぞ! シット! ファック!」
「なら、お前もつけろよ。状況は一緒だろ?」
「はあ!?」

怒鳴って、急にイヴァンの動きがピタリと止まった。
今までの騒がしさが嘘みたいだ。
赤い顔のまま俯いて、ソワソワと長い髪を指で弄くる。

「なんだ、お前……もしかして、俺のこと心配してんのか」
「え? ああ、うん」
「なら、仕方ねえ………」

それっきり押し黙る
相変わらず、こいつの思考回路はよく分からないが、どうやら下着をつける気にはなったらしい。けど、物凄く葛藤してる。
痛そうで、辛そうで、見てるこっちまで苦しくなるようなその顔を見たら、なんか可哀想になってきた。
俺は何か名案を閃かないかと辺りを見回し−−。

「ああ!」
「な、なんだよ!!?」

見つけた。

「イヴァン、俺良いこと思いついた」

運の神様は俺の味方だ。
保健室にある内線電話で、早速理事長室にコールする。

「ジャン……?」

イヴァンの不安そうな声はとりあえず無視。

『はい』
「もしもし、マイダーリン」
『やあ、マイハニー。元気そうで何よりだよ。イヴァンが見つかったのか?』
「ああ。それで、ちょっと頼みがあるんだけど」
『ハニーの頼みなら聞かないわけにはいかないな。なんだい?』
「さらしってやつ、用意してもらってくんねえかな。保健室に持ってきて欲しい」
『さらし、ね。なるほど。それは思いつかなかったな。分かった。すぐに用意してもらうよ。保健室だな?』
「おう」
『ジャン、イヴァンの用意が出来たら、そのまま体育館に直行してくれ。3時間目をなくして、ボスが緊急の全校集会を開くらしい』
「はあ!? マジか! あのオヤジ何考えてんだ!」
『ボスが考えることは深すぎて、俺には見当もつかないよ』
「どうりでベルナルドの後ろが騒がしいと思ったぜ。……分かった。体育館に行けばいいんだな?」
『そうだ。イヴァンの外見を整えてやってくれ』
「りょーかい」

ベルナルドと少し疲れた笑いを交わして、俺は受話器を置いた。

「ジャン」
「話聞こえてたか?」
「だいたい、な。さらしって……」
「あそこの棚に入ってる包帯見て思い出した。前、5人でやくざものの映画見た時、格好良い姉御が巻いてたじゃねえか。あれなら、お前もつけれるんじゃねえ?」
「ああ、あれか」

満更でもなさそうに頷く。
思った通りの好反応だ。

「よし! じゃあ、これで解決だな」
「ジャン」
「なんだよ?」
「その……あの、な………やっぱ何でもねえ!」

フイとそっぽを向く。イヴァンの耳はリンゴみたいに赤くて、俺は思わず笑ってしまった。
思わず撫で回した青い髪は、性格と同じ猫っ毛で柔らかい。

「ガキ扱いすんな!」
「ははっ」



もしも、
君の苦しみを減らすことができるなら


(出来る限り手を尽くすぜ。だって、俺達、仲間だろ?)





10/03/18

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