novel 2

□人はそれを自惚れと呼ぶかも知れないが
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「ジャンさん……!」

見つけた途端、顔を輝かせて駆けていく。普段のジュリオからは想像もつかない姿だ。
犬の尻尾と耳が嬉しそうに揺れている。そんな幻覚が見えた。

「おお、ジュリオ。お疲れチャン」
「ジャンさん、お疲れ様です」

まるで少女のように頬を染め、幸せ一杯に笑うジュリオにジャンも優しく微笑みかける。
見ていてこちらまで笑顔になってしまうような和やかな光景。
書類を処理する手を止めたまま、ベルナルドは2人のやり取りを眺めた。
ジャンに気に入ってもらおうと話したり、相槌を打ったり、一生懸命な様子は、男性に抱く感想ではないが微笑ましくて癒される。溜まった疲れもなくなりそうだ。

ふとジュリオと目があった。

「……?」

気のせいか。
咄嗟にそう思う。ジャンと話している時にジュリオが余所見をするはずがない。
思わずマジマジ見つめると、ジャンが視線に気付いて笑った。

「よお、ベルナルド」
「お疲れ、ジャン」
「疲れたぜー。じーさん達がなかな帰してくれなくってさ」
「はは、また気に入られたのか。人気者はつらいね、ハニー」

話しながら、さり気なくジュリオの様子を窺う。けれど、ジャン以外には途端に温度を失う瞳から、何も読み取ることは出来なかった。







彼からの視線が気のせいではなく、きちんと意味があるものだったと分かったのは、その夜のこと。

「ベルナルド」

呼ばれて、書類から顔を上げる。とうに日付も変わった時間、部屋にはベルナルドしかいない。
ジュリオが訪れたことに驚いて、ベルナルドは瞳を険しくした。

「どうした? 何かあったのか?」
「いや」

否定されてホッと肩の力を抜く。
なら、残る理由は1つしかない。

「ジャンなら、もう帰ったぞ」
「知ってる」

ジュリオの返事は早かった。
しかし、この返答は予想外で、ベルナルドは首を傾げる。

「ジュリオ?」

下から覗き込むと、ジュリオの瞳が僅かに揺れた。

「……今日、気を悪くしたかと、思って」
「うん?」
「話の途中で、ジャンさんの方に行った、から……」
「……ああ、あれか」

夕方のことを言っているのだと、気付くのには少し時間がかかった。
あの時のことを、ベルナルドは全く気にしていなかったし、何よりあれをジュリオが気にしているとは思わなかったのだ。

ジャンが昼食会から戻ってきた時のこと。
あの時、2人はジャンについて話をしていた。
昔のこと、最近のこと。彼を好きな者だからこそ楽しくできる些細な会話だ。
ジャンの話をすると途端に血色がよくなるジュリオの顔が、ベルナルドは好きだった。
ジャンに対する時とまではいかないが、それに準ずるキラキラとした鮮やかな表情を見る度に、似たような気持ちを持つ者として共感し、ここまで人を魅了させるジャンの偉大さを改めて感じ入る。

(ジャンのおかげかな)

そして今もまた、ベルナルドはジュリオの気遣いにそう思って微笑した。
彼には強力な運と同時に人を良い方向へ導く才能がある。

「あれなら、全く気にしなくていい。それを言うためにわざわざ来てくれたのか?」
「……ああ」
「そうか。ありがとう」

笑いかけると、ジュリオは安堵したように見えた。
自分が思う以上に疲れているのかと、数度瞬きを繰り返す。
彼がジャン以外の態度に安堵するなんて、ベルナルドの中のジュリオ像では有り得ない。
ジュリオが想うのは、いつだってジャンただ1人のはず、だった。

(……まさか)

きっと気のせいだ。
そうに決まっている。
けれど、もしそうではなかったら―――ジャンを見て他人を気遣うことを覚えたのではなく、ベルナルドに僅かにでも好意を抱いたからこそ気にしてくれたのだとしたら―――推測に、ジワリと胸が熱くなる。

もしそうなら、嬉しかった。


ジャンを見ていたら、その傍にいる事が多いジュリオはすぐに目に付いた。
まるで子どものように懸命に、好きな人に好きになってもらおうと努力する姿は、健気で一途。
いつもとまるで違う様子に最初こそ驚いたけれど、それはすぐに好意に変わった。

『ジュリオ、ジャンの話をしないか?』

そうやって仕事以外の話を振ったのはベルナルドからだった。


「ベルナルド?」
「ああ、いや……」

ジュリオの声で驚きから覚めたベルナルドは、慌てていつもの調子を取り繕う。

「ジュリオ、この後時間はあるか? 仕事がもう終わるんだ。もしよければ、夜食に付き合って欲しいんだが」
「ああ」

ジャンの名前を出していないのに頷いた。ジュリオを見て、ベルナルドはふんわりと微笑んだのだった。



END
10/03/10

人はそれを自惚れと呼ぶかも知れないが
(俺と過ごす時間を、おまえも少しは気に入っているのかな)


題:確かに恋だった


アンケート結果のコメントリク「ベルジュリ」です。
ありがとうございました!

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