novel

□そうだ、スーパーに行こう!
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土曜日。
幼稚園は休日。会社も休日。高校は午前中補習。
家ではベルナルド、ルキーノ、ジュリオとイヴァンの4人が暇を持て余していた。

「あー暇だ……。どっか行こうぜ」

ルキーノの提案にジュリオがフルフル首を振る。

「ダメだ……。ジャンさんがいない、から」
「いーじゃねーか、ジャンなんか。おれ、げーせんいきてー!」
「却下」
「クソ! なんでだよっ」
「子どもの教育に良くない。誰だ? ゲーセンなんて教えたのは。ルキーノか?」

眼鏡の奥からでも分かる鋭いまなざしがルキーノを睨む。

「俺はゲーセンに行くくらいなら買い物に行くぜ。あんな騒がしいところはごめんだ」
「おれたちをつれてったのはジャンだぜ。なんだ? あいつおこられるのか?」

ウキウキはしゃいで、イヴァンが答える。
自分以外の誰かが怒られるのが愉快でたまらないのだ。
自分が興味を持って行きたいと駄々をこね、ジャンに半ば無理矢理連れて行かせたことなど、既にすっかり忘れている。

「なんだ、ジャンか。はは、全く仕方ないな」
「おい、俺の時と態度が違いすぎるだろう!」
「すまない、ルキーノ」
「謝られると逆にムカつくな……」
「イヴァン……」
「な、なんだよ、クソ……! バーカ!!」

夫婦が話している横で、ジロリとジュリオがイヴァンを睨んだ。
弱い犬ほどよく吠えるとは上手く言ったもので、この2人は喧嘩になるとジュリオの方が強い。
イヴァンは一瞬気圧されたことが悔しかったのか、よりぎゃんぎゃん騒ぎ出す。

「落ち着け、バカ」

幼児でも立派な騒音発生機になっているイヴァンを、ルキーノは背後からひょいと持ち上げた。
突然のことにビックリしてイヴァンが固まる。口の動きも止まる。
その隙を逃すベルナルドではない。

「みんなが暇なのはよく分かった。出掛けよう」
「でも……」
「今から食料を買い出しに行って、帰りにジャンを迎えに行く。それならいいだろう、ジュリオ?」

少し考える素振りをしてから、ジュリオがコクリと頷いた。
決まりだ。

「よし、行くぞ!」

ルキーノがイヴァンをかかえたまま、車にドカドカ歩いていく。
イヴァンは抱えられていることに不満そうだったが、「お菓子買ってやる」の一言で暴れるのを止めた。
財布その他諸々が入った鞄を持って、反対の手でジュリオの手を握り、ベルナルドも後に続く。

愛車で向かう目的地は、最寄りのスーパーだ。



***



ベルナルドがスーパーに行くのは、安い物を大量に買うためだ。
最高の物を少し食べればいい自分には全く必要のない行為。けれど、とにかくよく食べる男が2人。他に子どもが2人もいると話は違ってくる。
彼らには質より量だ。
だから、ベルナルドは本当に食べたい物や嗜好品は質の良い物をネットで通販して、それ以外は広告をしっかりチェックした上でスーパーに買い物に来る事にしていた。
カートを押して、チェックしておいた物を物色しながらゆっくり進む。横にはルキーノがいて、これはどうだ、あれはどうだと目に入った物を持ってきては問いかけてくる。
イヴァンとジュリオはさっさとお菓子コーナーに行ってしまった。

「おい、これなんかどうだ? 美味そうだぞ」
「なっ……100g500円もするじゃないか! 却下だ」
「じゃあ、これは? 徳用って書いてあるぞ」
「言葉に騙されるな。実はこっちの方が安い」
「さすがだな、ベルナルド。感心するぜ……」
「それはどうも」

感心半分呆れ半分のルキーノの賛辞に苦笑して返していると、向こうからイヴァンが走ってきた。小さな両手に目一杯ロリポップキャンディーの詰め合わせ袋を抱えている。その後ろからアイスクリームの箱やカップを持ったジュリオが続いていた。
思わず、カートを動かす手も止まる。しかし、子どもたちは止まってくれない。
カートの横に到着して、カゴの中に入れてくれと両手を持ち上げた。

「これはまた……随分持ってきたなぁ」
「ダメじゃないか、2人とも。お菓子は1人1個までだろう」

ベルナルドが怒った顔をして、きっぱりと言う。こういう時の彼には、いくら駄々をこねても通用しない。ベルナルドが作った決まりは絶対だ。

「……」
「……じゃあ、おれは2こだな! 1こはジャンのぶんだ!」
「お、おれも2こ。ジャン、さんと、たべるから……」

見つめてくる2対の瞳に溜息をつく。
相変わらず悪知恵の働くイヴァンと無邪気なジュリオ。
何と言うべきか悩んでいると、ルキーノが2人の頭をクシャリと撫でた。

「残念だったな。ジャンのお菓子はもう決まってる」
「え……」
「なんだよぅ!」
「ガムだ」

2人がむっつり押し黙った。
文句の言いようがない答えだった。

「……ほら、お菓子を1つ選んで、それ以外は戻しておいで」
「ちゃんと元あった場所に戻せよ」

結局、いつものキャンディーとアイスだけ残して、2人はまたお菓子売り場とアイス売り場に戻っていく。
少し寂しそうなその背中に苦笑しながら、ベルナルドはカートの動きを再開させた。

「ありがとう、ルキーノ。助かった」
「気にするな。ジャンのガムを後で選んでやらないとな」
「最近はソーダ味にはまっているらしい」
「よく飽きないよな、あいつも」

俺なら絶対に飽きる!と断言したルキーノに、俺もだと答えて笑い合う。

「酒は買うのか?」
「いや。昨日注文したブランデーが届いたから」
「おまえがこの前言ってたやつか? それは楽しみだな」
「俺もだよ。あれは絶対美味い……」

話しながら、買い物はサクサクと進んでいった。



***



そして、正午。
常よりも騒がしい学校の話題の中心となっている一団を見て、仰天したジャンは体育祭のリレーのアンカー並に全力疾走した。
向かう先は正門前。帰宅する生徒が足を止めているため、すごい混雑だ。

「なっ、なにしてんだよ!」
「ああ、遅かったな」
「おかえり、なさい。ジャン、さん」
「ああ、ただいま、ジュリオ。……って、そうじゃないだろ! なんで校門に車乗り付けてんだよ!」
「決まってるだろう。おまえを迎えに来たんだ」
「かんしゃしろよ、ジャン」
「全員一致の意見でね。買い物の帰りなんだ」
「あぁー……もう!」

この苛々を誰にぶつければいいか分からず、ジャンは叫ぶとガリガリ頭を掻きむしった。
なんで買い物の後にジャンを迎えにくることになったのか。
少し考えれば容易に分かる。それは、家族がジャンを愛してくれている証明で、誰にも悪気はない。ジャンが喜ぶことをしたと信じているのだ、彼らは。
ジャンも、これで月曜日からしばらく質問攻めにされ、飛び交う噂の的になって安穏な生活が送れなくなることを抜きにすれば、わざわざ迎えに来てくれたのは嬉しかった。
家族4人の笑顔を見て、これ以上文句を言う気にはなれない。言っても、きっと理解されないだろうし。

「ありがと。じゃあ、さっさと帰ろうぜ。……ルキーノ、手を振るな。ベルナル
ド、笑顔を振り撒くな」

熱い視線で2人を見ている女子がきゃあきゃあ騒いでうるさい。一部は熱に浮かされたようになって言葉もなくしている。それはそれで怖い。
ルキーノもベルナルドも男を生涯の伴侶に選んだくせに女たらしなのだから困ったものだ。

「ほら、ジュリオもイヴァンも帰りたがってるぜ」

下の子2人を話題に出すと、ベルナルドとルキーノはようやく運転席と助手席に乗り込んだ。
子ども達もジャンを真ん中にして、後部座席に座る。

「じゃ、行くぞ」
「ジャン、お前のだ」

エンジンをかけたルキーノの横から、ベルナルドが何かを放った。
パシンとキャッチしてみると。

「ワオワオ! これ新発売のやつじゃねーか!」

ソーダ味のガムにジャンは憂鬱も吹き飛んで歓声を上げ、礼を言って早速口に放り込む。
爽快な味のそれで、彼は実に見事な風船を作って皆を笑わせたのだった。



END
09/09/06

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