novel

□君の存在こそが光
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その事件が起きたのは、丁度0時を迎える頃。
直属の部下達も皆、帰してしまった後だった。

「ああ、分かった。今日はもういい。お疲れさま」

受話器を電話に戻した直後。


世界が闇に落ちた。


「っ!」
「ベルナルド!!」

一瞬恐慌状態に陥りそうになったベルナルドの耳に、ジャンの声が届く。
それでなんとか理性を保つ。
ここはボスの執務室だ。ベルナルドの斜め前の机にジャンはいる。

「ジャン……」
「ベルナルド、大丈夫か? 多分、停電だ。雷とかじゃねーよな……ブレーカーが落ちたか……?」

心臓がバクバク不快な音を立てている。
真っ暗な視界。ジャンの姿も見えない。
転ばないように必死で部屋の家具の配置を思い出して、ベルナルドは闇の中を恐る恐る進んだ。
温もりにしがみつく。

「うわっ、ベルナルド!?」
「……驚かせて悪いね、ハニー」

ハハと力無く苦笑して、ジャンの後ろから抱きつく力をますます強くした。

「大丈夫だから、な?」

前に回した手を、ジャンがしっかり握ってくれる。
ジャンの声が、温度が、匂いが、ベルナルドの心を落ち着けていく。
覗いているうなじに、そっと口付けた。続いて、舌を這わす。

「おい!?」
「こうしてると落ち着くんだ……」

ただ抱き締めているだけだった手は、いつの間にかジャンの胸の上。

「ん……! 暗闇で盛んな、エロオヤジ!」

感じているジャンの焦り混じりの叱責と、扉が開け放されたのは同時だった。

「おい、お前ら大丈夫か? って……あ」
『あ』

ルキーノが持っていた懐中電灯に照らし出されたジャンとベルナルドの声が重なる。



「あー……悪い。邪魔したな」

たっぷり3秒沈黙の後、扉は再び閉ざされた。

「……うわ、どーすんだよ!」
「また暗闇じゃないか! どうせならあれ置いてってくれればよかったのに!」
「そういう問題じゃねーだろ!」

暗闇時のベルナルドは役に立たない。ヒシヒシ感じつつジャンは扉の向こうに耳を澄ます。
イヴァンの怒鳴り声が聞こえた。スラングを除いた内容は、「なんで執務室に入れねーんだ!お前も何とか言えよ!」とかそんなところ。
どうやらルキーノが足止めしているらしい。声は聞こえないが、恐らくジュリオもいるだろう。
突然の停電に万一の襲撃を考えて、皆がボスの部屋へと集ってくれたのだ。この時間に全員本部にいるなんて珍しい。

「行くぞ、ベルナルド」
「ああ……」

ルキーノに変なことを言われてはたまらない。
ベルナルドの腹を肘で軽く突いて離れさせ、代わりに手を握った。
暗闇の中を進む。

「だから、今ジャンは……」
「よう、ルキーノ。待たせたな」

扉を開くと、部屋の入り口はやっぱり騒ぎになっていた。主にルキーノとイヴァンの言い合い。

「ジャン、さん……!」
「もういいのか?」

ニヤニヤしながらルキーノがジャンを見下ろす。

「ああ。幸い、2人とも怪我はなかったぜ」
「は?」
「何か、あったんですか……!?」
「いんや、何も。ただ暗闇で俺に向かってきたベルナルドが途中で躓いてさ。後ろから体当たりされただけ。なぁ、ベルナルド?」
「あ、あぁ……。悪いね、ジャン。いきなり停電したから少し焦った」

皆の前だ。ベルナルドは必死に普段通りの自分を演じる。ここにはまだ懐中電灯の光があるから、なんとか大丈夫そうだった。ジャン以外に弱みは見せられない。
ルキーノはまだ中の状況まで説明していなかったのか、彼以外はすぐにジャンの説明で納得した。

「ハッ、何やってんだ。引きこもりすぎて歩き方まで忘れちまったのか?」
「すまない」
「結構ごちゃごちゃしてるからなぁ。部屋に入るより、全員廊下で固まってた方が良いと思うぜ」
「そう、ですね」

5人揃えば、暗闇だろうが何だろうか、もうすっかりいつも通りだ。

「停電の原因、知ってる奴いるか?」
「はい。多分、大元のバッテリーが、落ちたんだと……」
「それにしては、停電の時間が長いよな」
「テロじゃねーのか!?」
「テロの可能性は低いだろう……。今は治安も落ち着いてる」

主にジャンが誘導して、言い合いになることも剣呑になることもなくダラダラと会話は続いていく。
ベルナルドの手は未だジャンに掴まれたまま。冷たくなってしまった手は彼によって温められていた。
心臓は相変わらず激しく、まるで耳のすぐ横にあるように鳴り響いている。冷や汗が頬を静かに伝っていく。
けれど、以前に比べて確かに恐怖は薄い。
それが誰のおかげかなんて、聞くまでもない。
ジャンの手をしっかりと握り返して、ベルナルドは笑った。

「とりあえず、状況を整理しよう」

冷静に皆の意見をまとめ、考察する姿は、暗闇の中にありながら、既にすっかり普段の彼だった。



END
09/09/02

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