novel

□恋に恋して、君に恋した
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今まで本気で誰かを好きになったことなんてなかった。

ダチに裏切られて、誰も信じられなくなった俺が誰かを好きになるなんて有り得ないと思ってた。
それは自分で決めたと言うよりは諦めに近い気持ちで−−−。
だから、いつも心の片隅で思ってた。


人を好きになるってどんな気持ちだろう?





ムクリ、と起きあがると、カーテンの隙間から赤い日差しが差し込んでいた。
(また寝過ぎちまった……)
頭を掻いて、寝息だけが響く静かな室内を見回す。ザッと見た限り異常はない。
温もりも、寝る前と変わらず俺の隣にあった。
視線を斜め下に下ろせば、キラリと輝く金髪。年不相応に幼い、安心しきった寝顔の口元から涎が一筋垂れている。
いつもなら、こいつが遠慮なく揺さぶりながら大声で俺の名前を呼んで叩き起こすんだが、今日は珍しく俺の方が早く起きたらしい。
女性が羨むほど目映い髪をクシャクシャと掻き混ぜる。赤ん坊のように柔らかく、弾力があって吸い付くような頬を撫でても、ジャンが起きる気配はない。ツン、と突いても反応なし。
(クソ、つまんねぇ……)
こいつが寝てると、軽口を叩き合うことも、頭に血が上ることもない。退屈に眉を寄せた俺は、ふと胸の底あたりにある熱い気持ちに気が付いた。
(……なんだ?)
退屈なのに苛つかない。
それどころか、今の状況に満足している自分がいる。
今始めてというわけでもない。
いつの間にか、胸にたまり始めていた想い。日々、増えていく気持ち。


最近、ジャンと一緒に行動するようになってから、俺は移動する車で眠ることが少なくなった。眠る時は、こうしていくつもある隠れ家の1つでジャンと一緒に温もりをわけあって眠る。
それから、幹部の奴らと過ごす時間が増えた。ジャンが彼らと話しながら、俺に話を振るからだ。そしたら話さないわけにはいかなくて、からかわれて怒鳴ったり、時々一緒にバカやって笑ったり、する。
いつもその中心には笑顔のジャンがいる。

ジャンはダチだ。唯一の、ダチだ。
ジャンといるようになって、怒らなくなったわけじゃない。強くなったわけでも、彼のように人を信じられるようになったわけでもない。
けど、ジャンといると確かに満たされてる自分を感じることがある。

例えば今、ジャンの寝顔を見ていると、それだけで顔が弛んでしまいそうだとか、どれだけからかわれても握った手を離す気にはならないだとか、ジャンが傍にいてくれるとグッスリ眠れるだとか−−−そんなこと。


これを、人は「恋」というのだろうか。



(……っ、クソ! クソ、クソ、クソッ!! 何考えてんだ俺はっ!!)

寝起きの頭で女々しいこと考えちまった!
ガァアアっと顔に血が上る。
痛いくらい恥ずかしい。ファック。
空いていた左手で顔を覆う。

変わってしまった。変えられてしまった。
俺は、ジャンに−−ラッキードッグに。

そして、それを確かに、嬉しい、と思ってる。



「起きろ、ジャン!」

袖で垂れていた涎を拭ってやって、俺はジャンを揺さぶる。
これ以上こいつの寝顔を見ていたら、また馬鹿なことを考えちまいそうだ。
「んー……」と半開きの口から間抜けな声が漏れた。

「起ーきーろー! ジャン! ファック!」

(全然起きねぇ!)
いっそ蹴飛ばしてやろうかと思った時だった。
ぐっすり寝てると思ってたジャンが、いきなり俺の軸にしていた左手を掴んで引っ張った。

「おわっ」

体勢を崩して、ジャンの上に倒れ込む。なんとか押しつぶすことだけは阻止したが。

「うるせーなぁ。もうちょっと寝てろよ……」

耳元で、寝ぼけているのだとはっきり分かる尻切れとんぼの声がする。

「ファック……!」

(いつも俺に寝過ぎだとか言うくせに、お前も十分寝汚いじゃねーか!)
苛つくが、口から漏れたスラングは小声だ。

「仕方ねぇな……」

これはもうどうやったって起きない。
俺はふぅとジャンの耳元で溜息を吐いた。

「ジャン」

低く囁いて、耳たぶをカプリと噛む。

「んっ……」

相変わらず耳が弱いジャンは、寝ているのに上擦った声を上げる。

「ははっ」

それだけで、まるで小さな悪戯を成功させた子どものように満足して、俺はまたベッドに横になった。ジャンを枕のように抱き寄せる。熱いくらいの温もりが心地良い。
急ぎの仕事もないし、後少しくらいいいだろ。
ただジャンが傍にいてくれるだけで、警戒が嘘のように解けて眠気が訪れる。
俺はそっと瞼を閉じた。

カーテンから差し込む日光は、残り僅かになっていた。



END
09/08/31

恋に恋して、君に恋した
(想像とは違ったけど、どうしようもなく幸せなんだ)


題:確かに恋だった

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