novel

□お前が選ぶのは、勿論俺だろ?
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クソ!ファック!

イヴァンは今日何度目かも分からない悪態を胸中で叫んだ。
彼の眉間にはクッキリと皺が寄り、今にも怒りで体が震えだしそうなほど不穏な空気を纏っている。

場所はホテル。いつも幹部が集まって会議を開く場。
イヴァンの視線は、ある一点に釘付けになっていた。

「ジャン、さん……美味しい、ですね」
「ああ、美味いな。ホント最高だぜ、ここのアイスクリームサンデー!」

バケツのように大きな容器に盛られた、特大のアイスクリームをジュリオとジャンが美味しそうに食べている。

(そんなに甘いもんが好きならよ。アイスじゃなくて俺の飴食えばいいじゃねーか!)

ガリッ。
口の中に突っ込んだ棒付きキャンディーを、味わう間もなく噛み砕く。残った棒までギリギリと噛み締めた。

今日の幹部会議はもうとっくに終わっている。
GDとの争いがひとまず終了し、街は大分落ち着きを取り戻そうとしていた。深刻に話し合わなければならない内容はなく、会議と言っても、それは報告会に近いものだったのだ。
そして、普段ならその後すぐに解散するのだが、何故だか今日はジュリオがアイスを注文していた。会議の後、一緒に食べようとジャンと約束していたらしい。
イヴァンには寝耳に水の話だ。

「先に部屋に戻ってていいぜ」

と、ジャンはいつものヘラリとした笑みを浮かべて言ったけれど、目の前で楽しそうに話している2人見たら、何故だか帰る気にはなれなかった。
ルキーノとベルナルドも楽しそうな2人をまるで弟を見る兄のように微笑ましく眺めて帰ろうとしなかったので、イヴァンも1度上げた腰を下ろして、頭を怒りで煮立たせながら、なんとなくこの場に残っている。

「お前ら、よく食べるなー」
「そんなに食べて、気持ち悪くならないのか?」
「大丈夫。な、ジュリオ?」
「はい……」

イヴァンを除いて、至極和やかな雰囲気だ。
それが益々彼をつまらない気分にさせる。
イヴァン自身も、一応こんな些細なことで苛々するのはおかしいと思ってはいるのだ。
ジャンは大切なダチだ。彼はそう簡単に人に体を許す奴じゃない。
イヴァンにとってジャンがそうであるように、ジャンにとってもまたイヴァンは特別な存在のはず。
だから、いちいち怒る必要はない、と。

しかし。

幹部達は信用できない。
ベルナルドは昔からの知り合いなのか何なのか知らないが、ジャンととても仲が良いし、ルキーノはやたらとジャンの頭を撫でたり肩に手を回したりとスキンシップが多い。ジュリオにいたってはジャンへの好意の固まりで、いつもいつもこれでもかというほどキラキラキラキラした瞳でジャンを見つめている。
イヴァンはいつもジャンが誰かに変な事をされやしないかと気が気ではないのに、ジャンはイヴァンも含め、誰に対しても同じ態度で接するのだ。

「ジュリオ、こっちも食べてみるか?」
「はい……ジャン、さん」

もう限界だった。

「だあああああ!! お前ら何やってんだ! クソ! クソ! クソ!!」

ジャンが、今まで自分が使っていたスプーンで、チョコレートソースをたっぷりかけたアイスをすくってジュリオの口の前に差し出す。それをジュリオが嬉しそうに笑って口に含めようとした所で、イヴァンは勢いよく立ち上がった。
汚いスラングを吐き散らし、ズカズカとジャンに歩み寄る。動きを止めていたジャンの、スプーンを持っていた手首をガシリと掴んで、くわえた。
濃厚なチョコレートソースとあっさりとしたバニラの甘さが舌の上で溶ける。
これくらいの冷たさでは、静まらない。

「あ、おい、イヴァン……!」

抗議しようとするジャンには答えず、イヴァンはジャンの手首をそのまま引っ張って立たせた。
グイグイと2人が使っているメインルームへと引きずっていく。

「俺達はもう部屋に戻るからなっ!」

呆気にとられていた幹部達には乱暴にそう告げた。



バタンッと遠くドアの閉まる音がして、最初に肩を震わせ始めたのはベルナルドだった。
続けて、ルキーノが豪快に笑い出す。

「ははっ、意外と長くもったなぁ!」
「本当に変わったな、イヴァンも。俺は5分ももたないと思ってた」

年上の彼らが残ったのは、微笑ましいジャンとジュリオを眺めるのに加えて、辛抱強く苛々を隠そうともしないでソファーに座っていたイヴァンを観察するのが面白かったからに他ならない。
ただ1人、ジュリオだけは不服そうに席を立つ。

「待て、ジュリオ! 2人きりにしてやれよ」
「でも……」
「今行っても、ジャンが困るだけさ」
「ジャン、さんが……」

そう言われれば、止まるしかない。
ジュリオは尻尾を垂らした犬のように、しょんぼりと再びソファーに腰を下ろした。
目の前には、殆ど空になったアイスサンデーの容器が、寂しく置かれていた。



「おい、イヴァン! イヴァンってば!」

荒々しく閉めたドアにジャンを押しつけて、うるさい口を塞ぐ。

「ふ、ん……ぅ……」

犯すように激しく、深く。ジャンの顎をひっきりなしに唾液が伝う。
彼の口の中は胸焼けしそうなほど甘ったるくて、ひんやりと冷たい口内がイヴァンの熱で徐々に温まるのが心地良い。
酸欠になりそうなくらい夢中で貪り−−ジャンが胸を叩いたのを合図に、イヴァンは漸く唇を離した。
2人の間を名残惜しそうな銀糸が繋ぐ。

「っは……はぁ、は……」

余程苦しかったのか、ジャンが体をくの字に折り曲げて咳き込む。
やりすぎたかとイヴァンは若干焦ってジャンに声を掛けた。

「おい、ジャン−−!」

反応してジャンの顔が上がり、キッと上目遣いで睨まれた直後。

「いってぇ! クソ! 何しやがる!」

予想外の素早さでイヴァンの額に容赦ないでこピンが叩き込まれた。たかがでこピンと侮ってはいけない。下手に叩かれるよりも強い衝撃がイヴァンを襲った。
苦しがってたのは、フェイクか。やられた。

「おっ前なぁ! 間接キスくらいで何ヤキモチ焼いてんだよ!」
「なっ、ヤキモチなんか……!」

咄嗟に言い返そうとして、嘘を見破る鋭い眼光にかち合い、言葉に詰まる。
黙り込むと、目の前で怒った顔をしていたジャンは不意に眉を下げ、フーッと呆れたように息を吐いた。

「何だよ」
「やっぱりバカだな、お前」

ジャンの顔に浮かんだのは、微笑。

「何だと、このっ−−!」
「たかが間接キスくらいでさぁ……。お前とはいつも直接してるだろ?」

怒鳴ろうとしたイヴァンを、宥めるように頭に置かれたぬくもりが止める。
ジャンの手の平が、イヴァンの頭をそっと撫でた。
何故だろう。キスもそれ以上のことも日常のように行っていて、それにはもう殆ど羞恥なんて感じないのに、こんな些細なことで頬がジワジワ熱くなる。これは欲情とは違う。くすぐったいような恥ずかしさだ。落ち着かない。
それでも、嫌な気はしない。

動けずにいるイヴァンの唇に吐息が当たるくらいに顔を近づけ、ジャンは囁いた。見えずとも、いつものラッキードックらしい不適な笑みを浮かべているのだろうと、容易に想像できる声で。

「俺の唇は高いのよ?」

頭に置かれていた手が、そっとイヴァンの頬をなぞる。
そのまま離れていこうとしたその手を、イヴァンは獲物を狩る獣のように迷いなく掴みとる。

「上等だ!」

そして、印をつけるように唇に噛みついた。
触れるだけのキスだったのに、やはりジャンの唇はとろけるように甘かった。



END
09/08/30

お前が選ぶのは、勿論俺だろ?
(尊大に言ったって、本当は不安で仕方ないんだ)


題:確かに恋だった

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