novel

□愛は見返りを求めないなんて理想論
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忙しさに一段落ついて飲み会が行われてから1週間。
ジャンはベルナルドの家に彼よりも早く帰ってくると、ベッドに突っ伏して深々と溜息を吐いた。

「あー……疲れた」

毎日ボスになるための勉強とやらをしっかりと叩き込まれている。緊迫感こそなくなったものの、忙しさにあまり変わりはない。
役職も何もなく、気楽だったあの頃が随分と昔のような気がする。最近では、趣味である脱獄プランを考えることもなくなっていた。余裕がないのだ。

(ま、もう刑務所に入ることは一生ねーだろうけど……)

枕に顔を埋める。
ふんわりとベルナルドの匂いが香った。

(早くベルナルド帰ってこねーかな……)

彼の顔を見て話したら、この疲れも少しは軽減されるだろう。少なくとも疲れのせいで沈んだ気分は浮上するに違いない。
今、ジャンはベルナルドに居候させてもらっている身だった。
あの騒ぎが一段落ついたので、全員ホテルを出て自宅に戻ることになったのだが、刑務所に入る前はただの構成員だったジャンの家は、古ぼけたアパートの一室。当然ながら、警備の問題などもあって2代目ボスである彼が今後もそこに住むことは出来ない。しばらくホテル暮らしをする、新しい家を用意してもらう、など他にも選択肢はあったのだが、ベルナルドに誘われたこともあって、とりあえず新しい住処が見つかるまでは彼の大きな家に住まわせてもらうことにしたのだ。


うとうと。心地良い微睡みに包まれていたら、不意に玄関の方が騒がしくなって、ジャンは勢いよくベッドから飛び起きる。寝室を出ると、丁度ベルナルドからいくつか指示をもらった部下達が、玄関の向こうに消えるところだった。

「ただいま、ハニー」

ニコリとベルナルドがジャンを見て微笑む。

「おかえり、ダーリン」

ジャンカルロもヘラリと笑って片手を上げる。
「遅かったな。何かあったのか?」傍に歩み寄り、そう問おうとして、ジャンは気付けば別のことを口にしていた。
ベルナルドの手に気になる物が握られていたからだ。

「何だよ、それ」

聞かれるのを待っていたように、ベルナルドが笑みを深める。

「これは、ジャン。お前にだ」

バサリと差し出された、それは−−真っ赤な薔薇の花束。

「俺、に……?」
「欲しがってただろ?」

1週間前の出来事がフラッシュバックする。
あの時、ずぶ濡れになって店の前に立ち尽くしていたベルナルド。2人で土砂降りの中歩き回った。鉄橋の上でのバカ騒ぎ。
あの時ジャンが欲しいと言った薔薇の花束は、ベルナルドが死守したものの花弁が殆ど散ってしまって、ドライフラワーには到底出来そうにない無惨な姿になってしまった。だから、結局もらわなかった。
あの薔薇が欲しかったのは、ベルナルドの気持ちが痛いほど込められているのを知っていたからだ。彼女にそれをもう渡すことが出来ないのなら、自分が代わりに受け取ろうと思った。
それが自分に向けられた物ではなくても、彼が込めた想いを無駄にしたくなかったから。

今日は金曜日だ。
ベルナルドが彼女に毎週薔薇を送っていたのであろう日。
ジャンは決して彼女の代わりになりたいわけではない。
受け取るべきか、受け取らざるべきか。悩む。
少しでも回答を先送りにしたくて、いつものように軽口を叩いた。

「なに、この前言ったこと覚えてたの、だぁりん?」
「君の言ったことなら全て覚えてるさ、マイハニー。……あの薔薇をお前にやるつもりはなかったんだ。お前にやるのは、この薔薇。受け取ってくれ」
「……どう違う?」
「こもってる気持ちが全く違う」

常より少し低い声。
真摯な瞳がジャンを射る。口よりも雄弁に語る目から、逸らせなくなる。

「これはお前のために選んだ花だ、ジャン」

赤い薔薇の花言葉は「amore」。英語では「love」。
それは10年以上付き合っていた女性ではなく、ジャンを選んだという証。
受け取れと言わんばかりに胸に当てられて、その瞳と声に魅入られて、ジャンは気付けば両手でおずおずそれを受け取っていた。

「……サンキュ、ベルナルド」
「どういたしまして」

照れてぎこちなくしか笑えないジャンと打って変わって、ベルナルドは心から嬉しそうに笑う。
腕がスルリとジャンの首に回された。
降ってくる優しいキスにこたえながら、ジャンも腕をベルナルドの背中に回す。
ふんわりと薔薇独特の甘い匂いが香った。
ベルナルドの背中に当たって、花を包む包装がガサリと音を立てる。

「愛してるよ、ジャン」
「はは、俺もだよ」

笑い混じりに幾度も交わすキスは、薔薇と同じように甘かった。



END
09/08/30(09/08/26)

愛は見返りを求めないなんて理想論
(お前はいつだって俺が欲しい物をくれるな)


題:確かに恋だった

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