ポケモン文
□世界からの逃亡
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レッドは時たま、狂ったように物を壊す。
コップを床にたたき付けたり、椅子を蹴ったりして何かに取り付かれたように破壊する。
(そのせいで俺の部屋の床や、レッドの部屋の床は傷だらけである)
その傷だらけの床を見つつ、俺は現在進行形で暴れ始めたレッドに小さくため息をついた。
もうここまでくればポケモンを傷つけないだけましだといえる。
(あーあ、また床に傷が。それにそのコップは高かったんだぞ)
またため息をつく。
またガシャンという壮絶な音が耳をつんざく。
足元を見れば、無残に散らばった花瓶の破片があった。せっかくゴールドがくれたのにやっちゃったな。
「……っ、」
「いい加減にしとけよ、レッド。いつかお前と俺の部屋の物が無くなる」
今度は硝子細工を投げ付けようとしていた腕を掴んで諭す。
今回はなんとも珍しく、素直に聞き入れて硝子細工を卓上に置いた。
「聞き分けがいいな」
「グリーンのおかげで、大切な事に気付けれたからね」
言い終わるか終わらないかの間に、レッドはこちらを向く。
目は見えなかったが、それよりも盛大に歪んだ口が印象的だった。
狂笑を浮かべるレッドは、獲物を食い殺すように首に両手をかけてきた。
「………!!!」
「嗚呼、グリーン。なんで気付かなかったんだろう。俺、やっぱり馬鹿だよ。……俺はね、いつかお前と離れる事を考えると怖かったんだよ。だから壊した。いき場のない気持ちを物に当てた。……でも今さっきのグリーンの言葉で気付いたんだ」
さらに指に力が入ったのを感じた。それにだんだん意識が遠退いていくのを感じる。
「もう物を壊すより、俺達が壊れればいいんだ」
「っ……ぐ……!」
シャットアウトしていく全感覚が唯一伝えたのは、生暖かい水滴の感覚だった。
それは俺の腕を伝い、衣服に吸われて消える。
(泣いて、いるのか)
その言葉がぼんやりとした頭をかすめ、俺は落ちた。
「これで世界から、運命から、逃げることが、できるね?」
まだ遠くで泣き声が聞こえた。だが気付かなくて、ごめん。なんていう気の利いた台詞なんか、少しもよぎらなかった。
(これで、ずっと、一緒だよ?)