ポケモン文

□せめて今だけ
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近いけど、遠いの。


「寂しいわ、コウキ君」
『可愛い意見だね』
「もう、」


咄嗟に通話ボタンを連打したくなったのだが、そこは思い止まって止めた。そんな咄嗟の行動でもっと寂しい思いをしたくなかった。


『ごめんごめん。それでヒカリはどうして寂しがってるの?』
「……遠いからよ」
『…そうだね』


たった一つの町しか違わないのにね、と心中笑った。きっとコウキ君も心中笑いを浮かべたに違いない。

でもこの寂しい気持ちは理解してくれていると思う。
お互いの家はレッド先輩やハルカみたいに隣同士な訳ではないし、性格だってゴールド君みたいに思い立ったらすぐ実行タイプじゃないから気軽に会いに行けないし。

一回だけ、この性格を無視してコウキ君に会いに行こうとしたのだが、やはり無理だった。(家を出た瞬間に気付いたので、その日はリゾートエリアで過ごす羽目になった)


こんな辛い経験をしたのでもう会いに行かないことにしたのだ。今日はもう遅いし、出て行ってもし挫折でもしたら今日こそどうしようもなくなる。
だから、この電話だけで満足するように自分に言い聞かせる。


「……ごめん、変なこと言っちゃって……」
『ヒカリ』
「なに?」


自分の苦笑が止まる。
コウキ君の真剣な声色に圧倒されて、静かに小さくそう答えるしかなかった。


『コート着て、ボール持って、外見て?』
「え?」
『ほら、早く』


言われるままに赤いコートを着て帽子を被り、ボールが入っている鞄を持ち窓から外を見た。
満月で、明るい外に人影がぽつりとあるのが目に入る。

それがコウキ君だと気付くのにそんな時間はかからなかった。


「……コウキ君……!」
『びっくりした?』
「…デートはもう少し早めに誘ってよ……!」
『はは、ごめんね配慮ミスで』
「全くもってそうよ!……待ってて、今行くから」


カーテンを閉めて部屋を出て下にいたお母さんに事情を話して、コウキ君のところにいくまでがあまりにも長く感じれた。
最終的にはお母さんに何を言ってるかわからなくなって「とりあえず外に行くから!」と叫んで出て来てしまった。(後で電話しておかないと閉め出されるかもしれない!その時はジュンに助けを求めよう!)


「コウキ君!」
「大丈夫?寒くない?」
「え?あ……ありがとう」


コウキ君のマフラーがゆっくりと丁寧に巻かれたこと、それ以上にコウキ君の気遣いに笑顔が浮かんだ。
この頼りになる指が、安心をくれる声が、彼が目の前にいることに幸せを感じた。

寒さなんて感じない。
寂しさなんてもう無い。


「会いにくるのに結構勇気があったんだよ?プライドとか迷惑だとか考えたけど、結局来ちゃった」
「コウキ君のプライド?」
「人並みにはあると胸をはっていえるからね」


顔を見合わせて小さく笑いあう。乾いた冷たい空気が喉を刺激するけど、今は気にも止めなかった。

今感じるのは、幸せだけ。

嬉しくなってさらに顔を緩めると、コウキ君が怖ず怖ずと手を握ってきたのだった。その冷たさにビクリとしてしまったが、すぐに握り返す。そうして繋いだ手は、コウキ君のコートのポケットの中に突っ込まれた。


「ちょっと狭いかもしれないけど、」
「ううん、暖かい」


強く握ると、強く握り返される。そして二人とも自然に歩き出した。行き先なんてない。端から見たらカップルのただの散歩なのだが、そうでもない。やっと会えたのだから離れたくないという願望が沸いてくる。


「今日、離れたくない。我が儘かもしれないけど離れたくないの」
「僕もだよ、ヒカリ。せっかく会いに来て手まで繋いだのに、このまま帰るなんて無理。堪えれ無い」
「結局私もコウキ君も寂しんぼうね」


言い終わる前に、腕に擦り寄る。けど歩く早さは変わらない。このまま行くと寒い中野宿になるかもしれないから、きっとどちらかの家に行くことになる。

それでもいい。
だから今だけは。


「今だけ、離さないで」


呟いた言葉が聞こえたのか、コウキ君が目線をゆっくりと下げてこちらを見た。
そして小さく首を振る。


「ずっと、離さない」


澄んだ空気を震わせる声は、頭の中で反復される。

その言葉にまた笑顔を零し、深い闇からマサゴへと足を向けたのだった。





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