ペルソナ文

□定義
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「ね、花村先輩って今しあわせ?」

「んー?りせは今しあわせ?」

「質問を質問で返すのはダメだよー」



そう言ってりせは俺の腕をぶんぶんと大きく振った。でも痛くはない。

不服そうな声を出す彼女の表情を伺ってみる。実に不満そうな表情だが、時々笑みが浮かんでいるのがわかった。
そんなに不満に思ってないらしい。

ならば今さっきの問いに対する答えを、もう少し引っ張っても大丈夫だろう。
あ、別に答えたくないわけじゃない。
ただ天下の売れっ子アイドル・久慈川りせが、俺の腕に自分の腕を絡ませているというシチュエーションを長く楽しみたいだけなんだ。
(……というのも半分冗談なのだが)



本当は、俺自身りせがしあわせなのか知りたかったんだ。



「りせが答えてくれたら、俺も答えるよ」

「それで先輩が言ってくれなかったら、先輩だけナビしてあげないから」

「ちょ、そんな現実的な脅しは止めろよ」



いつものようにつっこむと、りせもいつものように笑った。
そしてゆっくりと口を開く。
まるで演技をしている女優のようだ。
ただ口にする言葉は本当のことだろう。嘘をつく表情ではない。
あと彼女の口元に浮かべたままの柔らかい笑みが、俺は好きだと思った。



「あのね先輩」

「うん」

「りせはね、今とってもしあわせだよ」

「うん」

「生活は充実してるし、皆優しいし、それに先輩たちがいつもいてくれるから」

「うん」

「だから、しあわせなんだ」

「そっか……なんか照れるな」

「なんで先輩が照れるのよ!恥ずかしいのはこってなんだから!ほ、ほら、先輩の番!」

「お、おお」



りせがしあわせでよかった、などと思う暇もなく「さっさと言え」とりせに捲くし立てられる。
少しくらいね…待ってくれてもね…いいんじゃないの?
…ああそう待ってくれないの。目が怖いよりせさん。
まあもう答えは出てるから答えられるんだけどね。



「俺は、すっごくしあわせ」

「うん」

「具体的に理由を言うのは…ちょっと難しいけど」

「えー」

「でも、こんな時がしあわせって感じる」

「なんか平凡だね。それってりせといるときのこと?」

「俺は平凡なしあわせでいいの!……んー、それもあるし、なんつーか…皆といられたらそれだけでしあわせっていうか……もちろん月森と一緒にいるときが一番しあわせだぜ?」

「さりげなーく惚気を聞かされた気がする…」

「気のせい気のせい」



面白くなさそうなりせに対し、俺は満面の笑みを浮かべていることだろう。
こんな対照的な二人を見たら、仲間たちはなんていうだろうか。


そう思った俺は探索を終えて帰ってきた仲間たちを笑ったまま見た。
お疲れモード全開の月森・里中・天城・直人はこちらを見て、一気に怪訝そうな表情になった。
まったく、失礼な奴らだ。目で「何この状況…」と尋ねてくるし。

ま、そんな表情もりせのアイドルスマイルのお出迎えですぐに消えるんだけどな。



「おかえりなさい!!」



あーこれは癒されるわ。
今日まったくダンジョンに入ってない俺が斜め上から見ても癒されるんだから、真正面で見てる奴らはかなり癒されただろう。
険しかった表情が一気に緩んだし。
……月森は笑ってるけどこっち来てるよ。
えーっと、俺が悪いの?りせが悪いの?
俺が逃げたほうがいいの?りせが逃げたほうがいいの?
(けど悪いのは両方で結局逃げないんですけどね。笑顔で迎えますよ)



「お疲れ、月森」

「おつかれ、先輩」

「うん、お疲れ。で、このお出迎えは疲れて帰ってきた俺に対する追い討ち?」

「いやいや、ただりせさんと今がしあわせかどうかを話し合ってただけですよねぇ」

「そうだよ、この密着はそれの副産物ですし」

「そう……じゃりせさん、さっさと陽介から離れませんか?」

「先輩が今しあわせかどうか答えてくれたら離れるよ」

「りせが陽介から離れてくれたら俺はしあわせかな!」

「すっごくはきはきと答えたぞ…こいつ」

「じゃ先輩のしあわせのために離れますよー。また後でね、先輩たち!」



そう言ってりせは俺から離れて、直人と完二のところへ行ってしまった。
ということで、今俺と月森は二人っきり。
なのでとりあえずりせがやっていたように、俺も月森の腕にくっついてみる。
月森は驚いた顔をしたが、すぐにふっと笑った。



「しあわせ?」

「とっても」



これだけの短い掛け合いだったが、俺はそれだけでしあわせだった。
かなり平凡なしあわせの定義を持っている俺だけど、それでもいいかと思った。
(というかりせのしあわせの理由もかなり平凡だった気がする)

今は、この時間が長く続けばいい。
それが俺と月森のしあわせとなるのだから。





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