ペルソナ文
□誰より貴方を愛してました
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(死なせたくない人が、います)
直斗が常日頃そう思っていた人は、なんとも可哀相なことに直斗の目の前で死にそうになっていた。
ちなみに何で死にかけているかというと、物理反射の敵にブレイブザッパーで攻撃して反撃をくらい、さらに混乱した雪子の攻撃を一回受けたからである。
もっと言うと、回復が出来る雪子と月森は敵のプリンバで混乱状態に現在進行形で陥っており、直斗はターンが過ぎたので何もできない。
直斗とすればもはや敵が狙いを花村以外の人に定めることを祈っておくしかなかった。
だが運が悪いことに、敵は花村に狙いを定めたらしい。
「花村さん!!」
「………え、」
花村はいまいち焦点の合ってない目で敵を捉えたが、避ける動作に入らない。―――否、避ける動作に入れない。そこまで花村の体力は追い込められているのだった。
避けることもしない花村は諦めたように敵から目線を外した。その間にも敵は無情にも花村に近寄ってくる。
(花村さんが、死ぬ…!)
直斗はとっさに走りだしていた。考えはない。本当にとっさなこと。
花村が死ぬということを頭の中で復唱して、起こした行動。
(……別に地返し玉がないわけじゃないけど。反魂香がないわけじゃないけど。……ただ、)
倒れていく姿が見たくないだけ。
ただそれだけなんです。
花村先輩。
「やらせるかっ!!」
「直斗…!」
敵の攻撃が花村に当たる前に、直斗が花村を引き寄せた。(といっても彼女の腕力では花村を引き倒したに過ぎないが、それでも敵の攻撃からは花村を守れたには違いない)
直斗はすぐさまペルソナを呼び出し、ムドオンを発動させる。闇の魔法は運良く当たり、敵を消滅させた。
ふっ、と直斗が詰めていた息を吐き出す。りせが敵がいなくなったのをどこか遠い気持ちで聞いていると、急に袖を引っ張られた。
「なお、と」
憔悴しきった花村と目が合う。その痛々しさに表情を歪めながら、直斗はそっと花村の上体を助け起こした。
しかし花村は地面に片膝をついている恰好の直斗に寄り掛かってしまった。もはや自力では座る気力もないらしい。
(……体力もない上に、精神力も底をついてるから……)
直斗が唇を噛む。
回復スキルが使えない自分に苛立っているのだ。
そんな彼女の心中を知らない花村は、荒い息のまま直斗に礼を告げ意識を失う。
「!花村さんっ!!」
慌てて呼びかけるが花村は動かない。すぐさま気絶していることに気付き、直斗はゆっくりと地面に横たえる。
次はどうしようか。
そう考えていると、ふと直斗の後ろに人間の気配がした。
振り返ると混乱が解けた月森と雪子がいる。二人とも蒼白だ。
直斗はこの顔面蒼白な理由を察し、花村は死んでないことを告げる。
「な、なら回復……!メシアライザー!!」
アマテラスが出した温かい光は花村を包む。
その回復のおかげで花村の呼吸も顔色も先ほどよりはよくなった。
「陽介……!」
安心してか月森が息を吐く。
そして同じく安心している直斗に抱き着いた。
「ちょっ…!月森さん!」
「……ありがとう直斗」
「え?」
「陽介を救ってくれて、本当、ありがとう……」
月森の声は震えている。
直斗は引きはがすこともせずに、控えめに月森の背中をさすってやる。
「ここで、陽介を、失ったら、俺……もう、無理だった……!」
(菜々子ちゃんが、いない状態だから……。月森さんの支えは、花村さんだけなんだ)
「陽介が、生きてて……よかった…!」
菜々子がテレビの中に落とされてから、月森の支えは花村だった。彼がいたからこそここまでこれたと言っても過言じゃない。
そこまで頼りにしていた花村が目の前でぶっ倒れているのだから泣くのも仕方がないと、直斗は思った。
その絶対的信頼が、今の直斗には大きな壁だった。
(……結局、僕では花村さんの気を引くことはできない。こうして時々守ってあげることしかできない)
「陽介……陽介……!」
(月森さんがいる限り、花村さんは僕を見てくれない……)
好き、だとはいいません。
言っても困らせるだけだから。
………あの人には勝てないから。
「月森さん、一回戻りましょう」
「私も直斗君の意見に賛成よ。………花村君、安静にさせたほうがいいと思うから」
「………そう、だな」
直斗から離れた月森は、ぐったりとしたままの花村に近寄る。
右手で慈しむように髪を撫で、額にキスを落とし、ごめんと呟く。力があったら、守れたのにと呟く。
そして軽々と花村を抱え上げ、雪子に目を向けた。
雪子は頷いてカエレールを使う。
調度そのとき花村が目を覚まして、月森に抱き着いたのが直斗の目に入った。
(……叶わぬ恋なら…せめてあなたを守らせておいて下さい。ずっと、ずっと………)
切な願いを咥内で呟いた直斗は、この綺麗なダンジョンから抜け出す光に身を任せた。
男だったら何かが違ったのかもしれない、と気付き始めた心を無視して、この哀れな恋を心の奥底へと押し込めた。
さようなら、初恋。
なにもかもが遅かったんだよ。