ペルソナ文

□アネモネ
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あの時の惨劇は、忘れることを許さない。


「…………ん、」
「おはよう、先輩」


嗚呼、今日も朝が来る。


「ここ、は?」


真田先輩、あなたは。
またそうやって僕を絶望のどん底に落とすのですね。


「病院ですよ」
「…………なんで?」
「ちょっとした、病気なんです。あ、大丈夫ですよ。死にはしませんから」
「………そうか」


この説明も、何回しただろうか。
そしてこれからする自己紹介を後何回していけばいいのか。


「僕、立花恭也です。そしてあなたは真田明彦」
「もしかして、俺は、記憶……喪失なのか?」
「……………ええ」


嘘、嘘だよ先輩。
本当はあなたは記憶喪失じゃない。ただ脳が記憶ことを止めた人間なんだ。


ああ、先輩。
次の日になると、なにもかもを忘れてしまう先輩。
毎朝あの怯えた表情を見る皆、僕の気持ちなんか知らない先輩。


僕は忘れてないよ。
あなたが忘れてしまったこと、全部。


出会ってから過ごした日々も、抱いた感情も、それが伝わって幸せだったことも。
先輩が交通事故で重体になって焦った気持ちも、こんなことになってしまったことに対する絶望感も。


「……立花」
「はい」


でも僕は先輩と向き合い続けてるよ。褒めてよ。
ねえ、先輩。
昔のように話しかけてるのに、虚ろな表情で返さないでよ……。


「真田先輩」
「ん?」
「……幸せですか?」


僕はあなたが幸せならいいと言った。どんなことも堪えれるとも言った。
そしたらあなたは首を振って、お前も幸せなら俺も幸せだ。と言ってくれた。


あのころは幸せだったね、先輩。



「俺は、お前が幸せなら幸せだよ」
「真田先輩っ!?」
「どうした?」



はっとして顔を見る。
多分、無意識の言葉だったけど僕は嬉しくて。
昔のように抱きしめる。
(明日になったら忘れてるのだから、大丈夫)


「先輩、まだ、僕、頑張れるよ」
「立花、」
「まだ、大丈夫」


明日になったらなにもかもを思い出している真田先輩がいるといいな。

なんて、叶わない願いを思いつつ僕はそっと泣いた。






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