ペルソナ文

□アンラッキーボーイ4
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青空なんか、見えない。


なら、それでいいから。
例え目が醒めて青空が見えなくても、いいから。
真っ先にお前が見えることを望んでるよ。





「う、」
「……陽介…っ!」
「あ……?」
「陽介っ!!」



よかった、と消えそうな声で呟いた月森が崩れ落ちる。慌てて上体を起こそうとしたが、鈍い痛みが襲ってきたので少し呻いただけで行動は終了した。そのかわり月森によって握られたままの右手にそっと力をいれて握り返す。すると力強く握り返されたので安堵し、俺は改めて辺りを見渡した。


「花村先輩!」
「よかった、よかったよぉ…」
「……本当によかった…!」
「花村のばかっ!……ばかぁ…」
「千枝の言う通りだよ…っ」
「ヨースケェェエ!!」


泣きながら縋りついてきたクマの頭を撫でてやろうと思ったが、左手は上がらない。ならば安心させるために何か言おうと思ったのだが、酸素マスクが邪魔くさい。だから必死に述べた言葉も途切れ途切れになって、正直不安を煽ったと思う。直斗を除く女子とクマの表情が険しくなった。


「喋らないで花村!……あんた死にかけたんだから…!喋る事に体力を使って…また危険な状況になったら……どうしたら…!」


里中の言葉で俺がマジで死にかけてたことが分かった。側にいた医者も頷いている。…自分の生命力に感謝。

これ以上、彼女達を心配させまいと黙っていると病室のドアが開く音がした。看護婦かと思ったのだが、実は堂島さんと菜々子ちゃんで、堂島さんは医者に何か話を聞いている。
……そういえば両親は旅行でいないんだっけな。うわ、迷惑かけてるぞ俺。


「ど……じまさ、」
「ん?……ああ、気にするな。今お前の所は両親がいないんだろう?面倒を見るのは当たり前だ」
「すいませ……」


頭はこれでもかというくらいに冴えているのに、言葉にできないというのが釈だった。思わず目を伏せると幼い声が聞こえる。


「陽介お兄ちゃん……」
「だい、じょうぶ」


頭は撫でてやれないし、言葉は上手く言えないし、声は死にかけだし、点滴とか機械とかいろいろやばいけど、取りあえず笑顔は大丈夫だった。
菜々子ちゃんは不安そうな表情のままだったけど、少し笑いかけると安心したのか笑ってくれた。


子供の笑顔は最強だな、と思ってるとどこからともなく睡魔が襲ってきた。
疲れと安心からきた睡魔はゆっくりと僅かながらしかない意識を侵食していく。里中達が何か言っていたが俺には聞こえない。右手の温かさが全てだった。





そしてそこからは記憶がない。(ぐっすり爆睡したに違いない)







次に起きたら窓から日が差し込んでいた。秋晴れで雲一つない青空が視界に飛び込んでくる。

あ、いい天気だな。
思わず笑うとふいに右手を掴まれた。そして額にキス。


「月森、」


驚くほど滑らかに言葉が出た。酸素マスクはもうなく、どうやら生命の危機は免れたらしい。ただ点滴は相変わらずあり続けた。この際我慢しよう。


「陽介、おはよう」
「こんにちはの時間じゃねぇの?」


置かれていた時計に目をやると10時を指していた。うん、微妙な時間だ。


「どっちでも通用するわな。………今日、何曜日だ?」
「日曜」


上体を起こそうとすると、月森が手伝ってくれた。そしてそのままベッドに腰掛けた月森に寄り掛かるように上体を起こしきる。


「落ちて三日は寝てたな…」
「二日目はヤマだったぞ。………正直、かなり危なかったらしい」
「……そっか」


月森が抱きしめてきた。
強く、しかし背中の傷に触れないように優しく。俺も静かに擦り寄った。抱きしめ返すには点滴が邪魔だったのだ。


「失うかと、思った」
「ごめん……運が悪かったし、不注意だった。………いや、運は言い訳かな……」
「本当に不注意だ。ドジっ子め」
「表現間違えてませんかー?」


久々のこんな掛け合いに声を出して笑うと、背中が痛んだ。ついでに言うと頭も。それに気付いた月森は俺をさらに強く抱きしめ、頭の包帯に唇を触れさせる。
汚いから離れろ、なんてお決まりの台詞は出なかった。ただこの二人きりの空間を堪能しておきたかっただけなのだ。


弱い日差しが、呼吸の音が、俺達二人だけが、今の全てだった。



「………傷の」



小さな声で月森が言った。
俺は聞こえていたが何も言わない。相手も答えを望んでないのか、そのまま続けた。



「痕は残らないって」
「そっか」
「頭の包帯が取れるまで時間がかかるらしいし、無くした血液も多かったからまだ辛いかもって」
「……どんなにきつくても、お前がいれば俺はいいんだよ」
「………陽介……」



間近で囁かれる名前に、ふっと笑いが浮かぶ。見上げて見た月森も笑顔だった。

こんな当たり前の幸せが、酷く懐かしい。
こっちは怪我してるし死にかけたし、相手は心配で隈できてるし。
決して綺麗な風貌ではなかったが、俺達には関係ない。俺達がどんな姿でもこの幸せは綺麗なものだった。



「俺の運も、捨てたもんじゃねぇな」
「………?」
「気にすんな。あ、里中とかが来るんなら何か買ってくるようにリーダー命令だしとけよ」
「はいはい」
「あー、幸せ」



お前がいるだけで全ての不幸が幸せに変わる。
なんて幸せな頭だろうね。沸いてるよもう。そんなこととっくに知ってるさ。


でも月森が俺の運のなさを相殺してくれるのは本当だよ。



「なあ、月森」
「なにさ」
「俺ってばちょーアンラッキーボーイだろ?」
「ちょーより上だな」
「あえて認めて話を続けてやる。だからさ、」



ずっとこれからも、俺の不幸を相殺し続けてくれ。ずっと、だぜ。



そう言うと、不敵に笑った月森が「後悔するなよ」と囁いてきた。
もとより後悔してない俺は、触れるだけのキスを月森にしたのだった。






(幸せを噛み締めるアンラッキーボーイは、人一倍運がよかったのだった!!)





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