ペルソナ文

□この気持ちの名前など
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月森はモテる。

都会からの転校生で、運動も勉強もできるし、人辺りもいいときたら誰もが放って置かないだろう。

さらに里中や天城、りせや直斗という美人に囲まれていればますます目立つこと確定で。(そしてその美人達を立て続けにふったことでもある意味有名だ)


……ああ、ほら今も気の強そうな女生徒に呼び止められてるし。

里中が呟いた「一人の時に誘えよ」と言う言葉に酷く共感してしまった。だって今ここにはジュネスへ直行するために「特別捜査本部」のメンバーが全員揃っていたのだから。…あ、勿論クマはいないぞ。


「すごいっスねぇ、先輩」
「門で呼び止めるあの人も凄いと思うなぁ、私。これだけ人数いるのに。……それだけ自信あるのかな」


りせが横目で月森と女生徒を見つつ言った。その言葉が地味に俺に突き刺さる。もしかしたら月森が俺を捨ててあの女生徒と付き合ってしまうのではないか、という考えまでよぎってしまう。あありせ!慰めろ!泣きそうなんだよこっちは!


「花村さん…?」
「うわ!花村先輩、りせの言うこと真に受けちゃダメっスよ!!月森先輩が花村先輩以外を好む訳ないスから!」
「そうよ花村先輩!花村先輩はあの人よりも可愛いよ!りせが保証する!」


完二が俯き気味だった俺の頭にそっと手を乗せて、りせが腕を絡めて大丈夫と言わん限りに笑いかけてくれる。直斗も同級生の女子二人も頷いてくれた。いい友人を持ったよ俺も。


「可愛いって保証されてもなぁ」
「喜ぶ所よ先輩!」
「いやいや、そこで喜んだら何かが終わってるわー」


半ば調子を取り戻した俺に安心したのかりせと完二が力を抜いて笑った。後輩に気を使わせてばっかじゃダメだ、と思いさっさと月森帰ってこねぇかなーと視線を彼の方へ向ける。

そこには案の定声を荒げる女生徒とやけに冷静な月森がいた。その温度差が離れているここまでも沈黙に突き落とす。


「なんで私じゃダメなのよ!あんた付き合ってる彼女いないんでしょ!?」
「…………」


沈黙のせいでここまで会話が聞こえる。月森があからさまにため息をついたのも分かる。
(そのため息でここの沈黙がさらに酷くなった。なんだかんだ言って月森のあの雰囲気は怖いのだ)


「ちょ、何よそのため息!!」
「……呆れたからついた」
「っな!!」
「言っておくが彼女がいないからあんたと付き合うというのは間違ってる。……それに俺にはあんたより数十倍可愛い彼女がいるしな」


少し笑った月森が俺の方を見る。バッチリ視線が合ってしまったので慌てて俯くと今度はりせと視線が合った。


「よかったね花村先輩」
「……よかねぇよ、恥ずかしい」


きっと今、俺は情けない顔をしているのだろう。個人的に里中と天城には見られたくなかったので顔を伏せたままにしておく。


「とても愛らしい、彼女がいるからあんたには答えられない。……最も押し付けるような気持ちには答えようとする気も起きないけどな」


辛辣な言葉を浴びせ、月森がこちらへ帰ってくるのが分かった。完二が口笛でお決まりのヒューと言う音を出し、直斗とりせは怖いもの知らずで拍手までしている。一応言っとくとあの女生徒は三年生だぞお前ら。里中と天城も帰ってきた月森を讃えている。もう一度言っとく。あれは三年生だ。あーあ、泣いたかなぁ。ありゃもう泣いたわなぁ。


ぼんやりと現実逃避気味の考えを膨らませていると目の前から月森の声が聞こえたので現実に帰ってくることにする。
月森はアイドルであるりせに軽くチョップをかましていた。やっぱいろんな意味で怖いぜこいつ。


「りーせ。そろそろ腕を離せよ。陽介は俺のものだ」
「先輩のケチー」


りせが腕を解いて歩き出す。それに完二も直斗も、天城も里中も続いたので、最後尾を月森と俺はのろのろとついていく。先に口を開いたのは俺だった。


「……恥ずかしい奴だぜ、全く」
「堂々と彼女いるぜ宣言したから明日からが楽しみだな。いっそばらすか?」
「今日テレビん中行ったら暴風に気をつけろよ、相棒」
「悪かった、陽介。冗談だ」
「質わりぃ」
「それが俺だ」


何だそれ、と笑う前に月森はりせが俺にやったように腕を組んであろうことか満足げに笑ってみせたのだ。
その顔がかっこいいなぁ、とかちょっと自分に素直な感想を頭の中で述べていると月森がなんとも自分に素直な行動を起こしてきた。


「うわ、」
「かーわいい陽介」
「だ、抱きしめるなっ」


皆に置いて行かれる!とか白昼堂々すぎっだろ!とか言ってみるけど意味が無くて。このままではマジで明日不本意な噂が出回ってこと確定だと思い至って、俺は月森を引きはがし自ら手を繋いでやった。(なんて花村さんは大人なんでしょう!妥協策がこれしか思い付かなかっただけなんだけどね)


「ほ、ほら!これでいいだろ!」
「嬉しさで死にそうだ」
「なら永眠してくれっ!」
「しないしない。するんなら陽介も連れて行く」
「うお、さらりと道連れ発言」


口ではつっこむが、嬉しかったのでにやけてるかもしれない。迫力ないし、そんな俺に気付いた月森は耐え切れずに笑いだすし。
むかつくからそっぽを向いてやると月森が宥めるように頭を撫でてきた。


「悪い悪い。なぁあの時……妬いてくれてた?」
「急に何を言い出すのかね月森君。僕は妬いてないよ。君の目は飾りかね」
「はは、動揺してる」
「う、うっさい!」


あの時の気持ちなんて俺は知らない。例え見て見ぬ振りだとしても、俺は知らないを突き通す。


俺は、あの気持ちの名前なんて知らない。


「…俺は嬉しかったよ、陽介」


だから月森の言葉にも反応を返さず、聞こえなかった振りを決め込んだ。
ただ、繋いだ指には強く力を込めておいた。



月森の笑い声は前方の仲間の声に消され、俺の真っ赤に染まった顔は月森以外の誰の目にも映らなかった。




「嫉妬」に気付かない振りが終わるのはいつかな。





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