無双小説+α

□虚無に沈む
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「結局、俺が何をしたかったのがわからない」



そう呟いて、三成は兼続の顔を見上げた。

だが小さく笑った兼続は三成と目を合わせずに、膝に乗っている三成の頭を撫でてやるだけである。
そんな兼続の反応に少しむっとした三成だが頭を撫でる手があまりにも優しくて心地がよかったので何も言わなかった。



「なんだ、今の天下に不満でもあるのか?」



目を閉じて微笑む兼続の言葉に、三成は少し考えた。

別に彼にとってこの天下に不満は全くない。強いて言えば先の戦いで徳川に付いた政宗を生かしてしまったことだろうか。いや三成にとっては秀吉がいないことも不満になるのだろう。死んだ人間をこの天下に欲してもどうにもならないことを三成は知っていたし、秀頼に失礼だということもわかっていた。けどこう思ってしまったのも三成の性分なのだろう。もう三成は己の中の小さな不満に笑みを浮かべるしかない。



「…俺もなかなかダメな人間だな。こう言われてささやかな不満に気付くとは」


「不満があるのか、不義な奴め。秀吉様が泣いておられるぞ」



声を上げて兼続が笑う。
今ここで秀吉の名を出すか、とばつが悪そうに三成が兼続を見遣ると二人の目線が合った。兼続の目は非常に優しくて、何もかもを受け入れる穏やかさがあった。
反面、三成の目は不安と虚無感でいっぱいである。到底この天下を守り切った人間の目ではない。

兼続は三成の不満よりもこの目に秀吉は泣きそうだと思った。



「三成、色々な意味でお前は不義な奴だな。この天下を、平穏を守ったのに死んだような目をしている。それではこの天下を託した秀吉様と家康に失礼だ」



三成の目を手で覆いながら、兼続はやはり穏やかな口調で話す。さらに味方として戦ってくれた者たちにも失礼だ、とも告げた。ただ清正と正則のことには触れなかった。

兼続の穏やかさにかなり気を緩めていた三成は、目を覆っている手に手を添えながら心中をぽつりと口にし始めた。



「……兼続、俺にはささやかな不満しかない代わりに大きな後悔と疑問がこの天下にはある」


「…………」


「いつも、もっと賢いやり方があったのではないのかと考えるし、最善の方法を尽くせばこの天下がより良いものになったとも考える。……そうすれば沢山のものを失わなくて済んだからな」



自嘲気味に三成が笑う。
彼の脳裏には悲しみを湛えた笑みを浮かべるねねの姿と、目の前で死んだ清正と正則の姿が浮かんでいた。
他にもこの天下のために血に塗れて戦う幸村や左近の姿や、危険に晒してしまった兼続やギン千代のことにも後悔が生まれる。



「もっと賢くやっていれば、こうはならなかったはずだ。そうすれば俺はこんな虚無感に苛まれなかったし、お前達に対する後悔の念も少なかっただろうに」


「……一理、あるな」


「ふん、一理どころか二理も三理もあるだろう。だから俺はこの天下に大きな後悔と疑問があるんだ。一体俺は何をしているんだろうって、ここまでして守った天下に中身はあるのかってな」


「中身………」


「なあ兼続、俺はこんな中身のない天下を守って何がしたかったんだ?多大な犠牲を払ってまでこの天下を守る意味はあったのか?お前達を戦いに引きずりだして危険に晒して、おねね様の笑顔を無くして、清正と正則の命を失って、そこまでして守った天下なんて、大切なものなのか!?」



声を上げつつ兼続の手を退けて、三成が勢いよく身を起こす。穏やかな目と余裕のない目が静かに見つめ合った。

そのままの状態でしばらく経った後、兼続が口をゆっくり開いた。



「……さあな」


「………っ!」


「ただこの天下がなければお前は死んでいるだろうし、私も最悪殺されているかもしれない。その点ではこの天下に感謝だな」


「…………!」


「それに、清正と正則もこの天下を守りたがっていたのだから彼らの意思を尊重したことになる。だがおねね様を悲しませたことは事実だから、お前は…いや私たちはこの天下を秀吉様が治めていた時よりも良いものにすることで償うほかないだろう。謝ったって死人は帰ってこないしおねね様の気が晴れるわけでもないからな」


「償い……」


「天下の中身は今から作れ。秀頼様とお前とで。なに、お前の周りには幸村や左近、慶次たちがいるではないか。政宗も助力してくれるだろう」


「兼続……」


「いいか三成。欲をみせるな。あと隙と敵を作るな。最低それを守れば天下は安泰だ。大丈夫、お前には皆ついている」


「兼続、」


「皆、お前の味方だ」


「兼続っ!!」


「けどすまない。私はどうもお前と長く一緒に居られないようだ。病とは非情なものだな。私はこんなにもお前の作る天下を見てみたいというのに」


「なら……なら生きろ!何があと少ない命だ!何かの冗談だろう!?生きてくれ、兼続!!」


「欲をみせるな、と言っただろう?それに人の死は何をもってしても変わらない。条理だ」


「……俺は……お前がいさえすれば……いいのに…」


「三成………」


「後はすべて…敵でもいいのに……」



力強く抱き寄せる三成の背中に、兼続は力無く腕を回した。
そして三成に欲張るなと言っておいて心中ずっと「生きたい」と、戦場でも全く思わなかったことを繰り返し思っていた。





叶うはずは、ないのに。




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