ペルソナ文
□アネモネ2
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そして報われない日々が続く。
「…………、」
目の前にいる人が起きる気配がした。もう目を閉じていてもわかる。(こんな生活を続ければ自然と身につくものだ)
僕はそっと目を開けて、寝起きでぼんやりとした真田先輩を視界に入れる。
「おはよう、真田先輩」
「………ん」
不意に目と目があった。
そこでまず驚愕したことは真田先輩がこちらに怯えていないということだ。
いつもなら見知らぬ人として認識されて、怯えた目を向けられるのに、何故。
「真田、先輩」
「………ここは」
「っ、病院、です」
淡い期待が奇しくも崩れ落ちた。繰り返される同じ質問に思わず下唇を噛み締め、手を強く握りしめる。
すると、目の前の真田先輩は身を起こして、あろうことか手を握ってきたのだ。
(実は他人にそんなに抵抗がないとか?いや、真田先輩は結構他人を警戒するらしいし、すごく今更だ)
「……あの…」
「そんなに強く握るな。型が残るぞ。せっかく形のいい手なのに」
あなたには負けますよ、と言いかけて息を呑んだ。
話し方がまるで別人、事故にあう前の先輩そのものだということに気付いたのだ。
期待が、振り返してくる。
(まさか、まさか)
かなり白い手首を掴む。
顔を近づけると反射的に目が閉じられた。うん、キスしよう。
「、真田……先輩」
「……っは、お前はいつも唐突だな」
先輩の口が、確かに「たちばな」と動いた。
…ええと、今日僕は自己紹介をしたっけ。してないよな。確かに。
なら、なら……。
「先輩っ!!!」
「……今日はますます挙動不審だな、お前」
「ちょ、あなたどこまで覚えてます!?」
「ふがいなく事故に遭って走馬灯を見ていたところまで。後は記憶が曖昧だ」
「ああ……真田先輩…」
昔のように強く抱きしめると、昨日とは違って背中に腕が回ってくる。
本来ならばこんなことをしてる場合ではなく、すぐに美鶴先輩や荒垣先輩に連絡をいれないといけないのだが、もう少しこの二人きりの時間を堪能させてはくれないだろうか。
「先輩、先輩……」
「立花」
「もう少しこのまま」
切ない声色で呟くと、先輩は子供をあやすように背中を叩く。
奇跡だと、医師は言うだろう。実際僕だってそう思ってるのだから。
「お帰り、お帰り真田さん………明彦……!」
「……ただいま、恭也」
これは今日一日の奇跡かもしれない。単に僕の都合のいい夢かもしれない。
でも、それでもあなたがここに帰ってきたことは変わらない。
(ずっと、ずっと繋ぎ止める。絶対)
こんな誓い、明日には意味のないものになってるかもしれない。
それでもいい。
僕はあなたがいればそれでいいのだから。
幸せ、だから。