とある狐の物語

□06-蛹化と羽化・番外編
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=仔狐と秋祭り= *シカマル視点



色々あった中忍試験も終わり、その後の後始末にこき使われ走り回っていると、本当に自分が中忍になったのか半信半疑な気分だった。

一応、中忍以上が着用を許されているベストを支給されたので服装だけは変わったが、それだけである。


(まぁ、体力は要るが、責任感の少ない下忍任務のが気楽で良いんだけどな)


そして暫定的に与えられていた下忍任務が一段落したのは、毎年恒例の秋祭りの前日だった。

秋祭り当日を揃って休みにする為とは言え、ここ最近の任務量は多かった。
しかもいきなり慰霊祭の翌日からナルトとカカシ上忍が急遽別任務に駆り出されてしまったので、微妙に人手も足りなかった。

カカシ上忍だけならば分からなくもないが、何故下忍のナルトにまで単独任務が言い渡されたのか……少々疑問ではあるがるが、亡き三代目に関係する事と言われれば、そんなものかとも思う。

幼少期に面倒を見てもらっていた関係で、ナルトと三代目の関係は、俺達よりも長くて複雑だったから。

まぁ、そんなナルトとカカシ上忍も、ギリギリ秋祭りの前日までに与えられた任務を終えたようで、昼過ぎから里のあちらこちらで姿を目撃されている。

ので、きっと今日の秋祭りにも姿を現す事だろう。俺は行かないが。

久しぶりの休みなのだ。俺は祭りに行くよりも寝ていたい。心行くまで惰眠を貪りたい。

そう思い、朝からひたすら布団を被って寝ていたのだが、何やら先程から下階が騒がしい。とても。

チラリと枕元の時計に目をやれば、針は夕刻を指しており、一応一日寝て過ごすと言う目標は達成できたようだが、まだ少し寝足りないような気もする。
が、流石に喉も乾いたし腹も減ってきた。


「……ッチ。いい加減起きるか」


俺は寝るのを諦めて起き上がると、髪も結わずに寝間着姿で下階へと向かった。

近付くに従って、騒がしさを増す両親の声に、怒鳴りつけてやろうかとリビングの扉を開けた瞬間。飛び込んできたのは、何だか凄く見覚えのある光景だった。


「――……またかよ。オヤジ、オフクロ」


バスタオルに包まれたまま、オヤジの腕の中に拘束されている風呂あがりらしき炎と、散乱する女物の衣類と装飾品。
しかも今回は衣類の中に下着まである。

年齢的にオフクロだけならまだセーフかもしれないが、オヤジも同席している時点で下着はアウトだろう。どう考えても。

俺は片手で顔を覆うと、大きく項垂れた。

両親はそんな俺に構う事なく、あれこれ二人で吟味しながら炎に着物ベースの忍服を着せ、長い髪を櫛で梳いていく。実に楽しそうである。

ちなみにオフクロが選んだ下着は、淡いピンク色と白の格子模様だった。

女児用の忍服なんて家には無かった筈なので、これもきっと両親が炎の為に買い揃えた物なのだろう。下着と一緒に。

今回の髪型は前回と違い、両耳の上辺りから緩く編み込み、片側に寄せて一本の三つ編みになっていて、女の髪型に詳しくない俺が見ても手が込んでいた。

そしてオフクロは、仕上げに白い花の髪飾りを炎の紅い髪に挿してやると、満足そうに微笑み散乱していた荷物を片付け立ち去って行った。

存在を無視されていた俺は、紅い髪に映える白い花だとか、前回よりも微妙に育っている胸(バスタオル越しの発育途中の胸は、大人のそれとは違ったエロさがあった)だとか、上着の裾から見え隠れする絶対領域だとかを気付かれないように観察しつつ、自分で淹れたお茶を啜っていた。


「――……で、今日はどうしたんだよ?また拉致って来たのかよ?」

「秋祭りだったからな」

「祭りに連れてくのか?あれ?でもオヤジは祭りの見回りじゃ……」

「あぁ。だから連れて行くのはお前だ、シカマル!」

「はぁあ゛!?」

「炎は祭りに不慣れだからな、しっかり案内してやれよ」


いきなりそう言われ、驚き炎の顔を見ると……。
炎も聞かされていなかったらしく、驚いた後に、顔を思いっきり不快に歪めていた。

しかし俺は小遣いで、炎はオフクロが用意した食い物で、それぞれオヤジの提案を了承させられた。

その後オヤジは時間一杯炎を構い倒し、名残惜しそうに任務に向かい、俺達は軽く自宅で飯を食ってから祭りへと繰り出す事にした。


「……何かウチのオヤジ(とオフクロ)がすまん。色々と」

「……別に、慣れてるから。それに、抵抗しても……無駄だから……それより、シカマルは良かったのか?誰かと約束とか、してたんじゃないのか?」

「いや。もともと今日は一日寝潰す予定だったからな、誘われても断ってあったからそれは構わねーんだけど……俺も祭りはチョウジやイノ……あー、俺の幼馴染な。ソイツ等にくっついて回ってただけだから、特別詳しくねーんだよなぁ」

「……そんなの、適当に見て回って、二人で居る所を、見回り中のシカクパパに見せれば問題ないだろう」

「けどオヤジの担当が何処だか聞いてねーんだよなぁ」

「……時間帯によって変わるだろうが、会場に居るのは分かり切っているんだから、行けば(俺が)分かる」

「…………うんじゃ適当に時間見計らって顔見せに行くか」


道すがら、炎がどの位祭りに不慣れなのかを問うてみたら、いまより幼い頃に年上の知り合いに一度連れて来て貰っただけらしい。

しかもその時も人混みが苦手だったので長居はせず、お面と林檎飴を買って貰っただけらしい。


「……でも、その人達と出掛けられるのが嬉しくて、楽しかったんだ」


昔を懐かしみ微かに微笑む炎の横顔は、幸せそうなのに、少し悲しそうでもあった。

だから俺は『そうか』とだけ返し、適当に会話を終わらせた。

祭り自体は朝から行われているが、やっぱりメインは夜なので、暗くなるに従って人の数は増える。


(これだけ人が多ければ、ネジやイノ達に見つかる心配はねーかな)


疚しい事は何も無いが、ネジとイノに見つかると後が絶対厄介な事になるので、俺は極力目立たないように心掛けた。

人混みに隠れるようにゆっくりとした足取りで、取り敢えず近場の出店から順に見て回り、何か興味がある物はあったかと尋ねたが、特に炎の興味を引くような物は無かったらしい。


「家出る前に軽く食ったけど、お前あれだけじゃ足りねーだろう?何か食うか?」


チョウジ並の食欲を持つ炎にそう尋ねてみたが、軽く首を横に振るだけで、炎は何も口にしようとしなかった。

なのでぶらぶら歩く以外にする事が無い。

話し掛ければそれなりに返事が返って来るが、基本的に炎からは話し掛けて来ないので、俺が喋らなければ会話は続かない。

が、不思議とそれはあまり不快ではなかった。

けれど案内をするように言われている手前、ただぶらぶらと歩いているだけと言うのもどうかと思う。


(さて、どうすっかなぁー……)


取り敢えず目ぼしい所は見て回ったので、飲み物でも買って何処かで一度休憩でもするかと思い横を見ると……先程まで自分と並んで歩いていた炎の姿が無かった。


「……え!?まさか逸れたのか?」


『ヤバイ』と思い、青ざめ視線を周囲に向けるが、何処を見ても炎の姿は無かった。

俺は慌てて来た道を逆走し、人混みの中に紅い頭と白い髪飾りを探した。

が、考えているようで考えなしに歩き回っていたので、何処を通って来たのか正確な道順を覚えていなかった。


「……クソォ!!何処だ?」


こんな事ならば、手でも繋いでおけば良かったと思っても、もう遅い。

炎の気配は俺達下忍よりも薄い。
家の中ならばまだしも、祭り会場でその薄い気配を辿る事はいまの俺にはできない。


『炎は少し前、男達に乱暴され掛けている。くれぐれも目ぇー離すんじゃねーぞ』


任務に向かうオヤジが、こっそりと耳打ちしてきた会話の内容に、不安が頭を過る。

だが、そんな事は滅多にある事ではない。

頭ではそう思っていても、長い前髪に隠された炎の素顔を思い出すと、そう言い切れないのが怖い。

まだ幼いが、炎はかなりの上玉だ。贔屓目抜きに見ても。
万が一、一人でいる炎の素顔を見られたら、祭りで浮かれたその手の趣味趣向の人間が、衝動的に手を出す可能性は非常に高い。


(早く見つけねーと、オヤジに怒られるどころじゃなくなるぞ!)


頬を伝う冷や汗を拭いながら、俺は膝に手をつき乱れた息を整え、既に探した場所とまだ探していない場所を思い浮かべ、逸れた事に気付いた場所を起点に、見落としがないか二度、三度と繰り返し探し走る。

炎を探し始めて四半刻。

炎は祭りの行われている広場の端っこの、お面屋の近くに佇んでいた。微動だにせず、ただ――……一点を見つめていた。

炎が瞬きもせずに、一心に見つめている先。
そこには、夜風を受けて回る風車の群れがあった。


(何だ?)


まるで恋しい者を見つめているような、そんな眼差しで、炎はただ風車を見つめていた。

カラカラと回る、赤い風車を。


「……炎?」


俺はゆっくりと近付き、声を掛けながら炎の肩を掴んだ。


「……風車が、欲しいのか?」


俺と逸れた事にも気付かない程に風車に夢中になっていたらしく、振り返った炎は、少しキョトンとしていた。


「……シカ、マル」

「買ってやろうか?(オヤジから金貰ってるし)」

「……見てた、だけだから」

「欲しいから見てたんじゃないのか?」

「…………似てた、から」


何に似ているのだろうかと思い、目の前の風車を凝視してみたが、俺にはサッパリ分からなかった。

ただ、再び風車へと向けられた炎の眼差しが切なげだったので、俺は言葉を呑み込みポケットの中の小銭を握りしめた。


「……ホラ。幾らでもないから買ってやるよ。だから、もう逸れるなよ」


炎が欲しい物が風車じゃない事は分かっていたが、代替品でも少しは気持ちが満たされるだろうと思い、俺は店主に声を掛け、風車を一本購入した。

そして少し乱暴に、購入した風車を炎の胸元に押し付けるように手渡すと、戸惑う手を取り歩き出した。

苦情は受け付けないとひと睨みする事も忘れずに。


「……シ、シカマル!」

「あーん?」


けれど数歩進んだだけで、直ぐに呼び止められ、頬に触れる柔らかくて温かい感触。

そして耳が拾った小さなリップ音とお礼の言葉に、情けなくも赤くなる俺の顔。


「……ありがとう(ッチュ)」

「!?」


俺は繋いでいない方の手で顔を隠すと、チラリと炎を見やった。

炎は動揺する俺には目もくれず、本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑んでいた。

俺が買ってやった、赤い赤い風車を見つめながら。

何だか、自分ばかりが振り回されていて面白くなかったが……炎が嬉しそうだったので、『まぁ良いか』と思った。


(逸れた時は焦ったけど、無事だったしな)


さて、いい加減歩き出さないと他の通行人の邪魔になる。

炎に釣られるようにして緩んだ頬を引き締め、俺が繋いだ手に力を軽く込め、そっと引き寄せるように再度足を踏み出した時。
少し離れた所から、甲高い叫び声が聞こえた。

何だと思うよりも早く、その声の主は俺達(正確には炎)に駆け寄り、空いていた炎のもう片方の手を掴んだ。


「炎!!お前も祭りに来てたのか!?」


声の主はヒナタの妹のハナビで、どうやら姉であるヒナタと従兄弟のネジと一緒に祭りに来ていたらしい。


「…………ハナビ?(と、ネジとヒナタ?)」

「……ヒナタ!?……(げ!?ネジ!?)」


駆け寄ってきたハナビの後方で、若干険しい表情(かお)をしたネジと、顔を赤くしているヒナタが此方を見ていた。



 
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