とある狐の物語
□05-傍らで揺れていた幻影・第一章
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=雨宿り= *ネジ視点
砂と音――抜け忍・大蛇丸による『木ノ葉崩し』から数日。
中断してしまった中忍試験の結果を気にする間もなく、俺達下忍は里の修復と復興の為の任務を請け負う日々を過ごしていた。
けれどその中に『ナルト』の姿だけが無かった。
俺に違和感を植え付け、不自然に姿を消してしまったナルト。
ナルトが姿を消す直前まで一緒に居たらしいサスケとシカマルは、ナルトの所在について口を閉ざし無言を貫いているが……きっと二人は何かを知っている。
俺は大人達が、騒動が治まる少し前にナルトが暗部に拘束されたと噂しているのを耳にしていた。
――ナルトと暗部。
その組み合わせに、俺は胸がざわつき嫌な想像ばかりしてしまっていた。
原因は分かりきっている。
あの日目にしたナルトと暗部の遣り取りが、脳裏に焼き付いているからだ。
――『……償いはする。だから負けてくれ……ネジ』。
ナルトがチャクラを具現化させる直前。俺に言った言葉。
その言葉の意味を問いただしたいのに、暗部との遣り取りについても問いただしたいのに……ナルトが見つからない。ナルトが何処にも居ない。
試合の後、俺はヒアシ様に表立ってナルトに関わるなと釘を刺されてしまっているので、大っぴらにナルトの事を尋ねて回る事もできない。
いまは里内任務だが、その任務の合間合間に一人で探し回るには限界だった。
俺は思い切ってヒアシ様にナルトの行方について尋ねてみた。
ヒアシ様は、ナルトについて何か知っていたから。知っていて隠しているから。
返答が貰えるかどうかは半々だろうなと半ば諦め気味でしたその問い掛けに対して、ヒアシ様は少しの時間をくれと言いそのまま何処かへ行ってしまった。
やはり何も教えては貰えないのかと、俺は苛立ちを募らせたまま宗家を後にした。
けれどそれから数刻の時を置いて、ヒアシ様はナルトとの約束を取り付けて俺に会いに来てくれた。
「ネジ、喜べ!ナルトに会えるぞ」
「ヒアシ様、それは本当ですか!?ナルトはいま何処に?」
「あぁ、残念ながらそれは言えない――と言うか、そこ迄は俺も知らないんだ。ナルトはいま暗部に拘束されている事になっているから……」
「拘束!?噂は本当だったのですか!?」
「拘束と言っても念の為身柄を保護しているだけだから、別に酷い事はされていない筈だ(多分)。だから心配は要らない(……多分)」
「保護?何故ですか?」
「……それは言えない。が、五日後の午後――三代目の葬儀の後、『禁忌の森』の中でナルトはお前が来るのを待っているそうだ」
不謹慎だとは思ったが、俺は三代目の葬儀が待ち遠しくて堪らなかった。
――ナルトに会える。
ただそれだけで。
三代目の葬儀当日。
俺は浅いV字に短い立衿の上下黒い喪服に身を包み、同班のテンテンと共に葬儀に参列していた。
木ノ葉では、葬儀の時は身分に関係なく同じデザインの喪服を着用する決まりになっている。
だから服装だけでは階級どころか、忍か一般人かも区別がつかない。基本的に警備の暗部以外は皆同じ服装をしているのだ。
但し一人だけ、祭壇近くに腰掛けていた現・木ノ葉隠れの里の最高責任者は、通常の暗部装束の上から白磁色の長羽織を羽織っていた。
おそらく警備と他里からやってきた参列者や火の国の大名・要人達に対する体裁の為なのだろうが……。
黒一色に埋め尽くされた会場の中で、三代目の遺体が横たわる祭壇とその暗部だけが、周りから切り取られたように淡い光を放っているように見えた。
――白い狐面を付けた、紅い髪の暗部。
三代目から緊急時の指揮権の全てを与えられた、事実上火影代理となっている暗部。
顔も知らないその暗部に既視感を抱くのは、その暗部の髪の色が炎と同じ――燃える炎のような紅い色をしていたからだろうか……。
――暗殺戦術特殊部隊-零番隊隊長『紅炎』。
いまやその名を知らない者はこの里の中には居ないのではないかと思われる程、紅炎の名は瞬く間に里内に広まった。
三代目が最も信頼し全てを託した、里最強の忍の名として。
そして紅炎と共にその姿を『表』に現した、狐面を付けた幻の部隊――『零番隊』。
彼等の働きがあったからこそ、被害は最小限に抑えられたのだと、木ノ葉の額当てを持つ者は口にする。
騒動の最中、圧倒的な力と的確な指示。迅速な判断と統率の取れた動きを目にした者は皆、彼等の働きを讃え敬った。
そして何より、火影に次ぐ地位と権限を持つと言われていた暗部総隊長が、零番隊の隊長である紅炎に頭を垂れた事で、誰もが彼等の存在を受け入れ認めた。
「ネジ、貴方さっきから何処を見て……あぁ、火影代理の紅炎様ね。何?ネジってば紅炎様に興味があるの?」
「いや、そう言う訳では……」
「まぁ、いまや時の人だものね。火影代理ってだけじゃなくて、砂隠れの五代目風影様を勝手に指名してそのまま任命しちゃったって話だし……木ノ葉の忍じゃなくても興味持つわよねぇ」
大蛇丸が主犯で砂も被害者だと言っても、世間的には砂も大蛇丸同様加害者で木ノ葉が被害者である事は変わらない。
だから加害者である砂が木ノ葉の言い分を受け入れるのは当然の事だ。
けれど、流石に里長である風影の指名を他里である木ノ葉が砂に対して行うと言うのは異例過ぎる。行き過ぎた内政干渉だ。
なのに紅炎はそれをやってのけた。
反論は一切させず、砂との関係を悪化させる事もなく……その場で彼等を納得、了承させたのだ。
その話だけでも、紅炎と言う忍の凄さが伺えると言うものだ。
その紅炎がこうして公の場に姿を現しているのだから、葬儀に参列中とは言え、あれこれ噂する声が聞こえて来るのは仕方がない事だろう。
――三代目を惜しむ声。
――紅炎を褒め称える声。
それらに混じって、何故かナルトを非難する声が聞こえた。
確かにナルトの里での評判は悪い。
里人達を困らせた悪戯の数々。
卒業試験を三度受ける程の頭の悪さ。
下忍になった後も、同班の足を引っ張ってばかりだと言うのだから、ある程度は仕方のない事だろう。身から出た錆。自業自得と言うものだ。
けれどいまこの場で名指しで非難されるような『非』は、ナルトには無い筈だ。
いままで当たり前に聞き流していたナルトへの暴言。
何故自分は疑問に思わなかったのか……。
ナルトへの誹謗中傷の大半は、主語が無く、意図的に何かが伏せられているのは明白だったのに。
その不自然さに何故気付かなかったのか。
何故気にも留めなかったのか……。
――視野が狭く狭量だった、この間までの自分。
きっとナルトに関するヒントは、あちら此方に散らばっていたのだ。始めから。
ただ俺達(子供達)がそれに気付けなかっただけなのだ。
――感じる悔しさは、『何』に対してのものなのか……。
愚かな俺には分からない。
やがて葬儀が終わりに近付くと、薄曇りだった空から雨が降り出し、会場と参列者達を湿らせた。
その雨に、俺はこれから会う予定のナルトの事を思った。
三代目と何か深い繋がりを持っていたナルト。
ナルトはその三代目の葬儀に参列する事も許されず、何処でどうしているのだろうか……。
一人、泣いているのだろうか?
それとも、あの時のように顔を歪め、一人耐えているのだろうか?
三代目の遺体を大気へと還す蒼い炎。
その蒼い炎に最後の黙祷を捧げると、俺達は会場の外へと押し出されるように出てきた。
確かにこれで、三代目の死に関しては一区切りが付いた。
けれど三代目の死を偲びつつも、早々に気持ちを切り替え酒盛りやこれからの予定を話し合う里人達には共感できなかった。
俺は彼等を横目に、里長が死んでも『こんなものなのか』と思った。
きっと此処に居る誰よりも、此処に居ないナルトの方が、三代目の死に心を痛め悲しみに明け暮れている事だろう。
とは言え俺も、あの時三代目とナルトの間に見えない絆のような繋がりを感じたからこそそう思うのであって、それを知らないままだったらそんな風に思う事もなかったのだろうが……。
「ねぇネジ、ネジはこれからどうする?わたしはリーのお見舞いに行こうと思ってるんだけど……ネジも一緒に行く?」
「いや、今日は遠慮させてもらう。予定があるんでな」
「あらそなの?じゃあ何か伝言でもある?あれは伝えておくわよ」
「そうだなぁ……特には無いが、くれぐれもリハビリで無茶をしないように伝えて置いて貰えるか?彼奴は直ぐに無茶をしてしまうからな」
「分かったわ。それじゃーわたしはそろそろ行くわね。また次の任務で会いましょう」
「あぁ、また……」
俺がナルトの所在を探していた事も、これからナルトと会う事も、他言はできない。
俺がナルトに興味や関心を持っている事は、極力周りに知られてはいけないらしいので。
ヒアシ様は決してその理由を教えてはくれなかったが、一言だけ――……。
そうしなければ『俺もナルトも酷い扱いを受ける事になる』と言っていた。
「……『酷い扱い』、か」
視界の端で、サクラとイノに挟まれ何時ものように揉みくちゃにされているサスケは、とても不機嫌そうに辺りを見渡していた。苛立ちながらも誰かを探すようなその仕草に、俺は以前ナルトとサスケが親しくしていた時期があった事を思い出した。
同じ班なのだから、任務をこなす内に親しくなるのは自然な事だ。
寧ろ親しくならない方が可怪しい。
喧嘩ばかりで衝突する事が多かった二人が、何かと行動を共にするようになり、連れ立って修行をしているらしいと言う噂を俺が耳にして暫く――……。
周りが気が付くと、ナルトとサスケは以前よりも明らかに疎遠になっていた。
それを俺達は、元々相性が悪かったのだからと、特別気にはしなかった。
「愚かだったな……」
親しくしている所を他人に見られ、噂が立ってしまった二人は、ヒアシ様が言う『酷い扱い』を受けたのだろうか?受けたとしたらそれは『誰』から受けたのだろうか?
『酷い扱い』を受けたから、二人は距離を取り、仲違いしてしまったのだろうか?
見るからに人付き合いが苦手なサスケは、珍しく親しくなったナルトとそうなってしまった事を、素直に受け入れられたのだろうか?
(いや、受け入れられていないから、いまもナルトの姿を探していたのだろう)
そう言えば、ナルトがサスケと疎遠になった辺りから、ナルトは他の同期の者ともあまり一緒に居る所を見掛けなくなったような気がする。
ナルトの事を考えると、あれもこれもと気になり疑問が増えて行く。
今迄さして気にしていなかった些細な事が、とても重要な事のように感じられて、気になって仕方なかった。
答えの無い不快感に、顔を顰める事が増えた。
俺は早く答えが欲しくて、早く気持ちをスッキリとさせたくて、少しでも早くナルトに会いに行きたかった。
けれどナルトとの話の流れによっては帰宅が遅くなる。
そうなると、何時迄も喪服のまま出歩いていては目立ってしまう。
「ッチ。時間が惜しいが一旦着替えて出直した方がよさそうだな」
俺は余計な詮索を避ける為、急ぎ自宅に戻り何時もの忍服に着替えると、傘を手に持ち指定された『禁忌の森』へと向かった。