とある狐の物語

□06-蛹化と羽化
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=仔犬から犬へと繋がる恋心= *カカシ視点



ナルトとは少ししか一緒に居られなかったが、自分の仕出かした事を考えれば、理由はどうあれ一緒に居られただけでも幸せな事だった。

『もっと一緒に居たい』なんて……そんな我儘を言える立場ではないのだ。いまの俺は。
テンゾウの言う通り、まだ自白剤の効果が持続していたのか、ついうっかり口にしてしまったが。

だから店先に(パックンは居るけど)一人残された寂しさはあるけれど、そう思える事すらいまは嬉しくて堪らない。

ドタバタと立ち去って行った、オレンジ色の小さな背中。
その背中が遠ざかり、人混みに紛れて消えて行く様を目を細めて見送ると、俺はパックンの頭に手を伸ばした。


「……さてと、それじゃーそろそろ俺達も行きますかねぇ〜」


ある意味病み上がりの胃腸に団子は重く、殆ど手付かずの皿の横に二人分の代金を置くと、俺はポケットに片手を突っ込み愛読書片手に歩き出した。何時も通り、背中を丸め気怠げに。

少し離れた場所から付いて来ている気配は、テンゾウ程ではないけれどそれなりに馴染みのある夕顔のものだった。

どう言った経緯で夕顔が零番隊に入隊したのかは知らないが、俺の監視は主にテンゾウと夕顔の二人が交代で行うらしい。

何でも他の隊員だと、ついうっかり俺を殺しかねないとかで、暫くはその二人以外付けられないのだと言われた。


(っま、あの二人なら俺と一緒に居ても不審がられないしね)


体力の戻らぬ釈放後直ぐに言い渡された、任務と言うか命令は、自分が地下に収容されている間に里内に広がった『噂』を否定して歩く事。

手っ取り早くその噂を否定するには、俺とナルトが『揃って』里人達に目撃される必要があった。

だから俺達は、態々食べたくもない団子屋で団子を注文したりしていたのだ。人目の多い大通りの店を選んで。

幾ら慰霊祭の夜に、『人柱力(ナルト)』と『監視者(俺)』が揃って里から姿を消していたからと言って、たったそれだけで俺達の身に『何』かあったのではないかと勘ぐる里人達の勘の良さと言うか想像(妄想)力の逞しさには、感心すると共に若干呆れた。

確かに『何』かはあったのだが、たかだか一週間程度。

普通ならばそんな勘ぐりはしない。急な任務が入った程度にしか思わないだろう。忍ならばよくある事だ。珍しくもなんともない。

実際五代目(綱手様)は、そのように周りに伝え広めていた。

それなのに――……。

過剰な被害者意識を持つ里人達は、少しでも異変があれば、それを直ぐに『人柱力(ナルト)』に結び付け勝手に不安がる。無駄に騒ぎを大きくする。


――変化を『望む』くせに、変化を『恐れ』る里人達。


その考えは、なんて自分勝手で我儘なのだろうか。

そしてずっと、『人柱力(ナルト)』はそんな里人達に付き合わされ、振り回され続けている。


――胸が、痛んだ。


少し前まで、自分もそんな里人達と何ら変わらなかったと言うのに……。

記憶を取り戻しただけで、ナルトに対する全てが変わって見えて来るのだから、俺も存外単純だ。

心の中で、自分自身を自嘲する。

ナルトへと向けられる、悪意ある視線。
謂れ無き誹謗中傷と途絶えぬ陰口。
物陰から、暴行の隙を窺う愚か者達。

目を背け、耳を塞ぎたくなるような環境で、誰にも助けを求めず、なんでもない事のように振る舞い、『うずまきナルト』と言う子供を演じ続けているナルト。

その演技は完璧で、誰もナルトの演技を疑ってはいない。

けれど俺は知っているから。
過去に見ているから……。

周囲の視線を遮るように、自分自身を隠すように、シーツの下で膝を抱えて居た蓮華(ナルト)を。

与えられた優しさを、素直にそのまま受け取る事ができずに、怯え泣いていた蓮華(ナルト)を。

だから俺は惑わされない。見間違えない。
目の前で無邪気にはしゃぎ担当上忍師(俺)に纏わり付いていたナルトの姿に。

幾ら表情(かお)が、声が笑っていても、その心は全然別物なのだ。

傷付いていないようでも傷付いているし、何も感じていないようでもちゃんと感じている。

嬉しい事があれば笑う。
悲しい事があれば泣く。
腹を立てれば怒る。

そんな当たり前の事が唯一人、許されない子供。


――切なくて、泣けて来る。


けれどこれからは、そんなナルトの側に居て、そんなナルトを守って行ける。

その事が嬉しくて嬉しくて、ナルトを見ているだけで、ナルトの事を考えているだけで、自然と顔が緩んでしまう。


――ずっと側に居たい。

――君を傷付ける者達から君を守りたい。


時代(とき)を越えたその願いがいま、漸く叶えられるのだから、ニヤけるなと言う方が無理な話なのだ。

それに裏ではナルトに相手にされていなくとも、表では――担当上忍師としてならば、ナルトは俺を拒まない(拒めない)。構ってもらえる。

例えそれが演技だと分かっていても、いまはそれだけで幸せだった。
ナルトをナルトとして認識できるだけで、十分だった。

当たり障りのない会話の延長線で、さり気なく誘った秋祭り。

多分断られるだろうとは思っていたから、断られた事自体はショックでも何でもなかったのだが……。
それに絡めて過去の女癖の悪さを指摘され、何とも言いがたい気不味さと情けなさを感じたのは誤算だった。

しかもナルトは今回の騒動の主犯として捕らえられた『あの女』の事を話題に出してきたのだから尚更だ。

浮かれていた気分から一転。一気に血の気が引き胃が引き攣った。

まさに自業自得。弁解の余地すらない。

俺はとにかく両手を机に突いて、ナルトに向けて頭を下げ続けた。
今までの所業の一切合切を謝罪するように……。

勿論、ただ頭を下げただけでは許されないだけの事を、俺はナルトに対して行ってきたので、この程度で許されるとは思っていない。いないが、せめて自分が悪いと自覚している事を、ナルトに対して申し訳ないと思っている事を、少しでも伝えたかった……と言うのは後付けで、俺はナルトの言葉にほぼ脊髄反射で頭を下げていた。


――そんな俺から逸らされる視線と興味。


ナルトの態度に傷付くのは、お門違いも良い所だ。

犯した罪を償いつつ、一日も早くナルトからの信用と信頼を得るにはどうしたら良いのだろうか?

せめて少しでもあの頃(過去)のような関係に近付けれれば良いのだけれども……。

等と、ナルトに関するアレやコレヤを考えている俺の顔は、口布で隠し切れない程表情豊かで一人百面相に忙しい。
隣を歩くパックンが不審がる程に。


「……カカシ。少しは隠さんとお前、まんま不審者じゃぞ」


そうパックンに注意され、俺は慌てて本で顔を隠した。

けれど自白剤の効果が完全に抜けきっても、暫くはこのままだろうと思った。

記憶と共に取り戻した感情は、しまい込まれていた分だけ強く大きくなっていたから。


「にしても、お主臭うのう」

「あー……確かに。外に出ると周りが臭わないからその分臭うねぇ。俺自身はそこまでじゃないけど衣類に染み付いちゃってるからねぇ」

「……否。お主自身も十分臭うぞ。まだ鼻が馬鹿なままなんじゃないのか?」


さり気なくパックンに顔(鼻)を背けられた。


「うーん。任務帰りを装う為に水浴びもしないで出てきちゃったからなぁ……(あれ?って事は、ナルトにも臭いって思われてたのかな?何も言われなかったけど……何か嫌だなぁ)」

「里内を出歩く必要があるにしても、一度シャワー位浴びた方が良いんじゃないのか?」

「でもいまシャワー浴びるとそのままベットで寝ちゃいそうな気もするんだよね。自宅に戻ると気が抜けちゃいそうだから」


等と足を止め、互いの鼻をヒク付かせながら思案していると、やけに甲高い媚びた声に名前を呼ばれた。


「カカシさん!」


振り返れば、何度か夜の相手をした事のある女が、嬉しそうに自分を見つめていた。


「……やぁ、久しぶり。こんな所で会うなんて、奇遇だね」


自分に気がありそれなりにお喋りな相手に自ら声を掛けさせる為に、敢えて遭遇率の高い道を選んで歩いていたと言うのに、我ながら白々しい台詞だと思った。


「『急な単独任務』だと聞いていたんだけど……良かった。『無事』だったのね」


女が軽く息を切らしているのは、俺が先程団子屋に居た事を誰かから聞いいて探していたからだろう。
女は俺の臭いに軽く眉を顰めつつも、無事な姿に分かり易く安堵していた。


「……あぁ。ついさっき戻って来てね。まだシャワーも浴びてないんだ」

「なら家に寄ってかない?近所だから……カカシさんも早くサッパリしたいでしょう?」


分かり易く『何』かを期待した誘い文句。

逃すまいと伸ばされる腕を躱し、やんわりとそれを断る。


「ありがたいけど、いまの俺、本当に酷い状態だから……君も臭うでしょ?部屋の中に臭いが染み付いちゃったら悪いから、今日は遠慮しておくよ」

「あらそんな事気にしなくても良いのに……わたしと貴方の仲じゃない。水臭い」

「君と俺の仲だからこそ、そこは気遣わせてよ。ね?」


上辺だけの気遣いでも、そう言われてしまえば女は引き下がるしかない。あまりしつこくすれば自分の印象が悪くなるだけだから。


(まぁ、この臭いにめげずに声を掛けて来たところは評価するけど……それだけだよねぇ〜)


誰か一人が声を掛け断られるとそれを切っ掛けに、遠巻きに此方の様子を伺っていた別の女達が、入れ替わり立ち代り近付いてきた。

けれど俺は誰の誘いにも乗らず、全て断り適当な所で姿を晦まし自宅へと帰宅した。

途中から、女達の視線に混じって、教え子の一人が此方をジッと睨み付けるように伺っていたのが少し気になったが……疲労が限界だった俺は、深く追求せずに放置する事にした。

そしてシャワーを浴びると、倒れ込むように眠りに落ちた。


「……俺、頑張るから……頑張って守る、から……蓮華(ナルト)、ずっと会いたかった。大好き、だよ……」


閉じる瞼の向こう側で、パックンが穏やかに微笑んでいた。


――奪われ消されていた恋心。


何度も何度も横道に逸れ、遠回りをしたけれど、それでもやっぱり――……俺は君に恋をした。君を求めていた。無意識に。

あの夜、蘇った君に関する記憶は『二つ』。

異なる視点で追い掛ける君の姿。

それぞれの視線の先で揺れていた、君の金糸と銀髪と黒髪。

一つは俺の目が見ていた光景で、もう一つは――……開眼前のオビトの『写輪眼』が見ていた光景だった。

俺の恋心は、奪われ消されたのではなく、守り残されていた。俺の中に、ずっとあったのだ。

深い悲しみと強い憎しみに壊されないように、大切に大切に隠されていただけだったのだ。ミナト師匠(せんせい)とオビトの優しさによって。


『ミナト師匠(せんせい)、オビト。ありがとう』


その夜、泥のように眠る俺が見た夢は――……。

大好きな人達に囲まれて、大好きなあの子の隣に居る、幸せな幸せな夢だった。



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2015/12/25 up
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