とある狐の物語

□04-岐路と選択
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=埋まらぬ距離= *カカシ視点



下忍の子供達に対する修行強化が課せられてから、担当上忍師と各頭首陣は三日に一度の頻度で紅炎への経過報告が義務付けられていた。

つまり、三日に一度。俺は紅炎に会う事ができるのだ。

どんなに紅炎がプライベートで俺を避けていようとも、この時ばかりは逃げられないのだ。

始めは化け狐に復讐する為だけに請け負った下忍育成任務。ただただ面倒臭いだけだったその任務に、俺はいま心から感謝している。
だってそのお陰で、俺はこうして再び紅炎と言葉を交わす機会を得たのだから。

そう、浮かれた考えでいられたのも最初の一・二回だけ……紅炎の俺に対する態度は徹底していて、全く取り付く島もない。

雑談は愚か、挨拶一つ返しては貰えない日々が続いている。
任務に関する事柄ならば一応受け答えをしてもらえるが、その言葉も必要最低限な事だけなので、他の人に比べたら圧倒的に言葉が少なく短い。
加えて紅炎は、全く俺を見ようとはしないので、紅炎の視線が俺へと向けられる事は殆ど無い。

なのでたまたま居合わせてしまった者達は、俺以上に戸惑い、対応に困っている(但し零番隊の人間は除く)。

それでもやっぱり紅炎に会えるのは嬉しくて、毎回僅かな期待を抱きながら俺は、火影室の隣の扉をノックしていた。


――トントンッ……。


返答の無い室内に、取っ手を掴む手が緊張した。
室内に誰かしら、紅炎以外の人間が居る場合は、その者から返答があるからだ。

案の定部屋の中では紅炎が一人、黙々と机に向かって作業をしていた。


「……お疲れ様、紅炎」


一日の終り。
昼と夜の任務が切り替わり、暗部の大半が通常任務へと赴いている時間帯を狙って来ているのだから、当然と言えば当然なのだが、予想通りのその光景に、一瞬顔がニヤけた。

嫌われていようとも、無視されていようとも、紅炎を一人占めできるその事実に、一日の疲れが消えて行く。

三代目の業務の多くを肩代わりしている紅炎の仕事量には終わりが見えない。
多少の増減はあるものの、常に机の上には書類が積まれている。

俺は黙々と書類を処理して行く紅炎を暫し堪能すると、今日の分のサスケとサクラの経過報告を始めた。
なるべく長く、少しでもこの部屋の中に滞在できるように、できるだけゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あ、あの……紅炎。サスケとサクラの経過報告なんだけど――……」


頑なな紅炎の視線は、その間もひたすら書類の文字を追っていて、決して俺の姿を捉える事は無い。

相槌もなく、一人言のような経過報告を終え、今日も駄目だったかと気落ちしていると、不意に紅炎の言葉が耳を掠めた。


「…………そろそろ集中力が切れ、気分転換が必要な時期だ。明日は一日休み。お前は別任務――ランク『AA』が三件。期限は日暮れ過ぎ――『酉の正刻(午後六時)』」


喜んだのも束の間。
抑揚の無い声が必要事項だけを告げたかと思うと、部屋の隅に置かれたローテーブルの上へと投げ付けられる三件の依頼書。


――バサッ!


依頼書の手渡しすら煩わしいと言わんばかりのその態度に痛む胸。

このまま立ち去るべきなのは分かっているが、足が動かず立ち尽くしていると、唐突に部屋の扉が開き、零番隊の隊員――『卯月』がやってきた。


「――紅炎様、失礼します。本日分の警備報告書を持って来ました……!っと、畑上忍。アンタまだ居たのか?」


俺が知る限り、卯月はテンゾウの次に紅炎と親しくしているのはこの部下だ。俺がこっ酷く振られたあの夜も、その場に居合わせた――否、俺が振られるように仕向けた相手。


「報告が済んだのならさっさと退室しろよな」


隠す事無く向けられる嫌悪と、紅炎に冷たくあしらわれている俺を嘲笑う声色。

『嫉妬』と『疎外感』。『悲しみ』と『怒り』がごちゃ混ぜになり、チャクラが乱れるのが分かった。

俺は乱暴に報告書を拾い上げると、無言で部屋を飛び出した。逃げるように。

瞬身の術で移動した先は、歴代火影の顔が並ぶ火影岩の頂。
俺はそこで蹲り、気持ちが落ち着くのを待った。

けれど頭の中では、たった数分間の短い出来事を無意識に反芻してしまう。

近付く卯月の気配に気が付いた紅炎の手が止まり、入室と同時に向けられた視線。そこに浮かぶ労いの色。

俺の時とは百八十度違うその対応に、情けなくも俺は涙ぐんだ。

受け取った報告書に素早く目を通す紅炎の髪に、手持ち無沙汰になった卯月の指先が伸ばされ、すくい上げられて行く。傍目からでも分かる、滑らかで指通りの良さそうなその紅い髪に、そっと口付けその肩を抱く卯月。

それを何の抵抗もなく受け入れている紅炎。

俺と鉢合わせになる度に、紅炎との親密さを態とアピールして来る卯月に対して抱く殺意。

何も本当に殺したい訳ではないのだが……。

二人の遣り取りを目にする度に頭を過る妄想に、胸が締め付けられる。

決定的な接触は無いものの、卯月の振る舞いは親しい上司と部下の範囲を軽く超えている。それなのに何故、紅炎は何も言わないのだろうか?されるがままなのだろうか?


(もしかして紅炎は卯月の事が……)


自分で導き出した仮の答えに傷付き胃液が競り上がって来る。

一時期に比べれば、姿が見られるだけ、声が聞けるだけ……同じ部屋の中でその気配を感じる事ができるだけでも幸せだと言うのに、俺の心は全く満たされない。
まるで、終わりの無い飢えに苦しむ餓鬼のようだ。


――拒絶され続ける『悲しみ』に『恨み』が滲む。


会いたくて会えなかった時よりも、会えるのに近付けない今の方が、何倍も辛い。


――届かぬ腕が、指先が『嫉妬』に震える。


俺には髪の毛一本さえ触れさせてはくれないのに、部下だと言うだけで簡単にその髪に、肌に触れる事を許す紅炎が憎くて仕方がない。

優しく愛だけを囁いていたいのに、全てを見失って『黒い』感情に飲み込まれてしまいそうになる。


――歪に歪んだ『過去』の恋心。


その過ちを正したくとも、前に進めぬ心が囁く『欲望』に引きずられる意識。

絶望の中で拾い上げた『新たな』恋心が霞んで行く。

そして藻掻く闇は深く、蟻地獄のように足元から全てを呑み込んで行く。


――聞き入れられぬ『声(謝罪)』に苛まれ続ける心。


感情の伺えぬ瞳は謝罪すら受け付けてくれない。
どうすれば許されるのか?一人では分からない。

答えを求めて犬が縋り付くのは、失くした『過去』の残像達。

浮かんでは消えて行くその中で、『隠された子供』が泣いている。

その直ぐ側で、大人になりきれなかった子供も泣いている。

泣き続ける二人の子供。
その涙が止まる日を、願う大人達の思いは届かない。



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2015/03/23 up
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