とある狐の物語

□04-岐路と選択
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=仔狐と特別上忍=



他里の忍が公に里を訪れる事ができる中忍試験とその準備期間中は、何時も以上に人の出入りが多く賑わうが、それと比例して治安が悪化する。小さなトラブルや日中の警備は比較的暇で融通の利く中忍に割り振り、終始里内を見回らせているが、本当に厄介な問題は見えない所で起こるものである。
なので当然暗部の人間も非公式で紛れ込ませる必要がある。

目に見える警備の増員と、それ以上に増員が必要な見えざる警備。
尚且つ滞らせる事のできない通常任務の山。

忍と名の付く者達は、朝から晩まで馬車馬の如く働かされ、自分の里内に居ると言うのに気を抜く事も許されない。
しかもそんな水面下のバタバタを里外の者達に悟られてもいけないので、常に余裕の笑みを湛えていなければならない。

特に里の長である『火影』には、その事が強く求められる。

俺は一時的に火影室の隣に部屋を構え、日中はそこに篭って主に書類の山と向き合っていた。

各部署から上がって来る申請書や報告書の整理と返答。
暗部全体の任務割り振り業務等、俺が爺ちゃんの代わりにできる物は何でも請け負った。


「――……解析班はそろそろ稼働率を通常の七割になるように業務内容をセーブ。下っ端の者から順に裏の警備に就かせろ」

「はい。あ、此方が医療班から申請があった追加の臨時予算申請書です」

「……どれ……申請自体に問題は無いが、念の為、医療品の正確な在庫数を提出させろ。それと……」


制限を掛けてはいるが、バタバタと複数の人間が出入りする仮の執務室は騒がしく忙しない。

仕方がない事とは言え、元々愛想の良くない表情筋が、徐々に仕事を放棄しつつあるのが自分でも分かる。

部下達は慣れているから良いが、そうでない者達には無駄に怯えられてしまう。

少し休憩でもしようかと思っていると、竜胆が俺を呼びにやってきた。


「隊長、失礼します。只今中忍試験試試験官及び審判役七名が第二会議室に揃いました」

「……招集時刻より大分早いな。そのまま暫く待機させておけ」

「っは」

「あぁ、それとコレを、『裏』と『表』、双方の警備担当者全員に配布しておいてくれ。ここ数日の内に、里内に侵入した不審者リストだ。いずれも行商人や一般人を装ってはいるが、身のこなしや話し方から全員が忍である事は明白。現在身元と裏の繋がりを探らせている。くれぐれもこちらの動きを悟られるな」

「了解しました」


幾分か減った書類の山を一瞥し、俺は自身の横――補佐をしてくれている卯月を振り返った。


「卯月、今日の任務依頼書はこれで全部か?」

「はい、右から順位に短期・中期・長期任務。それぞれランク別に纏めてあります。それとこちらが中でも急を要する物になります」

「……ふむ。急ぎの割に難易度は低いな。よし、待機中(休憩中とも言う)の上忍五名で片付けさせろ。期限は戌の刻(午後八時頃)時間厳守」

「紅炎様、こちらの件はどうしますか?」

「そうだなぁ……それはそこまで急ぎじゃなくて大丈夫だから、それよりも先に忍具等の備品の在庫確認をしておいてくれ」

「それでしたらこちらにリストができあがっています。足りない分は今日にも発注予定です」

「どれ……そうだなぁ、これとこれ。あとこれも一桁多めに仕入れておけ。但し、外部に漏れて変な勘ぐりをされたくない。調達には信頼の置ける元忍(引退後は里内で商いを行っている者が多い)を中心に行わせろ」

「分かりました。ではそのように修正後直ちに依頼しておきます……――」


出せるだけの指示を出すと、最低限爺ちゃんが目を通さなければならない書類を火影室に届け、そのまま第二会議室へと向かった。

室内では事前に選抜招集を掛けておいた計七名の特別上忍と中忍が、それぞれ自分の担当する試験内容についてあれこれ意見を求め合っていた。


――中忍試験・第一次試験試験官
  森乃イビキ特別上忍(暗部・拷問尋問部隊-隊長)
  神月イズモ中忍
  はがねコテツ中忍
  飛竹トンボ中忍

――中忍試験・第二次試験試験官
  みたらしアンコ特別上忍(抜忍・大蛇丸の元部下)

――中忍試験・第三次試験審判
  不知火ゲンマ特別上忍(元・四代目火影を守る護衛小隊の忍)

――中忍試験・補佐
  月光ハヤテ特別上忍(現役暗部)


案の定俺が入室すると、狭い部屋の中には動揺が走る。
普段あまり姿を現す事が無いとは言え、狐面を見る度に動揺されるのは見世物小屋のパンダのようで気分が悪い。俺は思わず面の下で顔を顰めた。

そんな中、任務の関係で何度か顔を合わせた事のあるイビキに話し掛けられた。


「なんだ。お前が中忍試験の責任者だったのか?紅炎」

「……今回の中忍試験は『色々』と厄介なんでな。まぁ、表向きはお前の名前を責任者として使わせて貰うがな……と言う訳で、俺が今回の中忍試験の責任者を務める『紅炎』だ。見ての通り俺は『零番隊』の人間だ。極力俺の名前は伏せるように心掛けてくれ」

俺とイビキの関係、所属する部隊に対する関心、興味事はあっても、彼等が限られた時間の中で雑談をするような事はない。物事の優先順位というものを、瞬時に見抜き理解しているからだ。
他人に言われなければ呼び出された心当たりも分からず、初めて目にした狐面にばかり気を奪われていた上忍師達とは違う。

一見些細な事のようだが、初回の顔合わせの時に垣間見えるこの反応の違いが、ただの上忍と特別上忍の違いだと俺は思っている。

つまり、現段階で中忍の肩書を持つイズモ・コテツ・トンボの三名は、考え方だけならば特別上忍の器だと言う事になる。


「それは構わんが、そうか。お前が責任者か……と言う事は、あの噂はただの噂じゃないって事か」

「……その話は後だ。まずは試験内容と会場の確認。今後の予定を決めてしまおう。確か第一次試験の試験官はお前だったな?」

「おう。一次試験の筆記試験の問題はこれだ。だがこれだけだと簡単過ぎる。そこで最後の問題と試験開始前にちょっとした細工をしようと思っているんだが――……」


試験会場に幻術を掛け、筆記試験の前にある程度の力試しをすると言うイビキの案は、多過ぎる受験者を振るいに掛けるには丁度良い提案だった。
無論、その程度でどうこうなる受験者数ではないのだが……減らせる時に減らして置かないと、後々の試験に支障が出てしまう。


「――……それじゃあ第二次試験の内容は、第一次試験通過者の人数が偶数だった場合はプラン『A』。奇数だった場合はプラン『B』。試験補佐役のハヤテ特別上忍と第三次試験審判役のゲンマ特別上忍は、第二次試験終了迄は第二次試験官のアンコ特別上忍の補佐をするように。最後に、第一次試験獲物役の中忍は、次回の打ち合わせ時に最終決定としますので、それ迄に選定に必要な資料をそれぞれ用意しておくように……今回は以上です」


無駄がなく理解の早い彼等のおかげで打ち合わせはどんどん進み、あっと言う間に初回の打ち合わせは終わった。

俺が机の上に広げられた資料を確認しながら片付けていると、甘党で有名なアンコが団子とお茶を差し出してきた。


「はいコレ。わたしのお勧めのお団子。美味しいよ?」


好意の裏に見え隠れする興味という下心。
それは俺が苦手とする他人の感情の一つ。

俺が『化け狐』だと知れば、その好意は嫌悪に。興味は恐れに変わる事を知っているから。


「……イビキ。さっきの『噂』についてなんだが、良ければ俺の執務室でどうだ?一時的に火影室の隣を間借りしているんだが……」

「お、おう。俺の方は構わないが……その……良いのか?」

「…………あぁ、お前と雑談する位の時間はある。と言っても、書類を見ながらになるがな」


背後で手付かずの団子とお茶。それと呆然と立ち尽くすアンコが微妙な空気を醸し出していたが、俺は構わず席を立った。
イビキは気不味気に頭を掻いていたが、諦めたような溜息を一つ吐き出すと、そのまま俺と一緒に退室した。


「お前よぉ、さっきの態度は無いんじゃないのか?」

「……そうか?」

「そうだよ。これから中忍試験迄は頻繁に顔を合わせるって言うのに、自ら印象を悪くしてどうするよ」

「……別に、指示にさえ従ってくれれば、俺はどう思われようと構わんから、な」

「ったく。それじゃーいざって時に誰も従わなくなるぞ」

「その時はその時だ。それより、『噂』についてだが――……」


特に説明をした事は無いが、拷問尋問部隊の隊長をしているイビキはその任務と経験から、俺が差し出された物を頑なに口にしないのは、ただの潔癖症等ではなく別の理由がある事を察している。
が、いまのところその事について詳しく追求された事は無い。

それなりに会話もするし相手の事も知ってはいるが、込み入った事情を追求できる程の信頼関係が俺達に無い事を十二分に理解しているからだ。

それでも口を出してくるのは、年長者としての気遣いなのだろう。

俺は自ら入れたお茶で喉を潤しながら、イビキに中忍試験に関する『噂』の信憑性を裏付ける調査書を手渡した。
正式な報告書に起こす前の物だが、内容を把握するにはそれで十分だった。


「この情報は何処迄開示可能だ?否、何処迄開示されている?」

「……火影とその側近数名。後は俺の所(零番隊)とお前だけだ。上層部にはまだ開示していない」

「そうか」

「一応もう少ししたら名家・旧家の頭首達には開示予定だが、その他の忍には試験前日か当日に三代目から開示されるだろう」

「試験官達には開示しないのか?」

「……正直決めかねている。特にアンコ特別上忍は、『奴』との因縁が深い。私情に駆られ暴走されたら厄介だ」

「だがこの事を知らないままというのも……」

「なら、試験関係者に対する情報の開示はお前に一任する。お前の方でタイミングを見計らってくれ」

「分かった。それじゃあ俺は戻る。大急ぎでうちの部隊を編成し直さなきゃならないからな」


そう言って立ち去って行くイビキの後ろ姿からは、暗部・拷問尋問部隊隊長のオーラが漂っていた。


――今回の中忍試験は『荒れる』。


主に里の内側から……。

決して長くはないこの準備期間だけで、一体どれだけの手を打てるのか……。
事情を知る者達は考え、そして行動する。



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2015/03/18 up
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