とある狐の物語
□04-岐路と選択
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=蝦蟇の帰還=
火影からの呼び出しがあった翌日のほぼ同時刻。
各下忍達はそれぞれの担当上忍師に呼ばれ、突如言い渡された中忍試験の説明に耳を傾けていた。
何時になく真剣に話す上忍師に違和感を感じつつも、いまだアカデミー生気分が抜けきらぬ者が大半を占める彼等にとっては、何処か他人事のように感じられた。
アカデミー生から下忍。下忍から中忍。中忍から上忍。
昇級試験の存在を知ってはいても、学年が上がるように時が来れば自然と昇級して行くものだと、彼等は漠然とそう思っているのだ。なまじアカデミーでの成績が良かったが為に。
誰もが皆、マニュアル通りに順調に昇級して行く訳ではないと言うのに……。
「お前達が下忍になってからどのくらいの実力が付いたのかを見る為に、俺はお前達を今度の『中忍試験』に推薦しようと思う。丁度開催地も木ノ葉の里だしな」
「中忍試験って……少し早過ぎませんか?普通もっと経験を積んでからだと思うんですけど」
「確かに普通だったらそうだろうな。だが――お前達は波の国の任務を経て、下忍として十分な経験を積む事ができた。実力もそれに見合ったものになっている筈だ。なんせこの俺が受け持っているんだからな」
サクラのもっともな質問に、カカシは取って付けたような、それらしい理由を述べる。胡散臭い営業スマイル付きで。
暗に自分達は優秀だと言われ、単純なサクラは嬉しさに頬を緩ませた。
「そこで、試験当日迄下忍任務は一旦休業。里の方針として、受験予定者には朝から晩までみっちり修行をしてもらう事になる」
サスケはカカシの言葉を疑いつつも、中忍試験合格と言う分かり易い目標が掲げられた事でやる気を出している。
「しかーし。俺一人で三人をまとめて面倒見るには限界がある。俺はサスケに写輪眼の使い方を教えなければならないからサスケにほぼかかりっきりになる。サクラは基本的に体力増強がメインだからまだ良いとして、現実問題としてナルトの面倒はみれない」
「え?じゃあナルトはどうなるんですか?カカシ先生」
「大丈夫だよ。サクラ。ナルトには別の人がちゃーんと付くから」
「別の人?」
不安げに俺を伺うサスケに目配せをし、とりあえず心配がない事を伝えるが、半信半疑になるのは仕方がない事だろう。
カカシの今までの行いから、まともな人物が指導役に付くとは考えにくいのだから。
「そろそろ来る頃なんだが……あぁ、来た来た。あの人だよ」
カカシに促されながらその視線の先を見ると、何かを背負った白髪の大柄な男性が自分達に向かって近付いて来ていた。
男はカカシと親しげに二言三言言葉を交わし、自分を興味津々で見つめる子供達へと視線を向けた。
作務衣のような忍服と赤いちゃんちゃんこ。
足元は機動性に欠ける下駄を着用している事から、実践向きではなく頭脳派の忍なのだろうかとサスケとサクラは思考を巡らせる。
けれど何より興味を引いたのは、男が木ノ葉の額当てではなく、『油』と書かれた専用の額当てをしていた事だろう。木ノ葉に属していながら木ノ葉の額当てをしていないと言う事は、それだけ男が特別な存在であると言う事を示しているからだ。
――自来也 。
三代目火影・猿飛ヒルゼンの弟子で、伝説の三忍の一人。
四代目火影・波風ミナトを育て上げた事でも知られている。
迷いの森の奥にある秘境・妙木山に住む蝦蟇と口寄せ契約を結んでいて忍術の他に仙術も扱える。目の下に向けて伸びる赤い縦ラインがその証である。
普段は各地を放浪しながら官能小説を執筆していてあまり里により付かないが、立派な次期火影候補の一人である。
蝦蟇と仙術を操る事から付いた別名は『蝦蟇仙人』。
この男が今回俺が俺に都合の良いように、カカシの目眩ましと横槍を回避する為に用意した、俺の指導役だ。
「ワシは自来也じゃ。普段は旅をしながら小説家をしておる。今回は中忍試験が木ノ葉の里で行われると聞いて様子見がてら久しぶりに帰郷したんじゃが……お主が『うずまきナルト』か?」
カカシの手前、俺と自来也は初対面と言う事になってはいるが、昔からの知り合いで既に昨日の時点で軽い打ち合わせも済んでいる。
その為自来也は、俺を観察するような仕草をしてはいるが、実際の観察対象は俺ではなくカカシだったりする。
俺の素性を知らされていないとは言え、孫弟子にあたるカカシの行いが俄に信じられないらしい。
俺とカカシ。
付き合いはカカシの方が長い。
その分カカシを信じたい気持ちが強くあるのだろう。
だからと言って、俺の言い分や三代目から渡された報告書に偽りがあるとも思っていないようで、自来也の心中はかなり複雑なのだと思う。
「そうだってばよ。って、おっさん昨日女風呂覗いてたエロジジイじゃねぇかってばよ!?おっさん忍だったのかよ!?」
「伝説の三忍を捕まえてエロジジイとは何事じゃ!口が悪いガキじゃのう、カカシの教育が悪いせいかのうー(チラッ)」
「俺の教育は関係ありませんよ。ナルトは元々口が悪いんですよ、自来也様」
「……」
「本当かどうか怪しいもんじゃな。だいたいお主は昔っから――……」
さり気なく自来也がカカシを引きつけ雑談をしている間に、博学なサクラが自来也――『三忍』について持っている知識をペラペラと喋り出した。勿論これはサクラの親切心ではなく、サスケに対するポイント稼ぎである。
一通り説明と雑談が終わると、サスケとサクラはカカシに、俺は自来也に連れられその場を離れた。このまま修行を開始する為、俺達が次に顔を合わせるのは約一ヶ月後。中忍試験当日となる。
つまりいまこの瞬間から中忍試験当日迄、俺は修行を口実に姿をくらましても誰も何の疑問も抱かないと言う訳だ。
なんせ指導役は伝説の三忍の一人、自来也が担当するのだから、態々監視役を付ける必要もない。
「……それじゃあ俺は任務(零班)に戻るから、蝦蟇爺は家で休んでてよ。昨日は遅くまで話し込んでたから疲れてるだろう?」
「なーにあれくらいで疲れる程耄碌しとらんわい。じゃが、今後の事を考えて今日は一日のんびりさせてもらうかのう。書き溜めた原稿の整理もしたいし……」
「……一応遅くなる時は連絡をするけど、腹が減ったら適当に冷蔵庫の中の物でも食べててよ。夕飯はテンゾウと何か買って帰るから」
「それは楽しみじゃのう〜」
表向きは執筆活動の為の取材旅行となっているが、実際は諜報活動をしていて里を留守にする事が多い自来也は、基本的に根無し草である。なので自里の中にも住居を持たず、たまの帰還の際には知り合いの家に転がり込むのが常である。
大体は師匠である三代目の所に厄介になるのだが、今回は任務のし易さから俺の家に滞在する事になった。
「……今夜は久しぶりに、蝦蟇達と宴会かな?(クスッ)」
明日から本格的に始まる中忍試験の準備やらなんやらで忙しくなるので、俺も自来也もゆっくりできるのは多分今日一日だけ。
俺は任務帰りに買って帰るお惣菜や酒の候補をアレコレ考えながら、今日の任務へと向かった。
そんな時では無いと思いつつも、親しい人との久しぶりの再会に、俺の浮かれる心は隠しきれなかった。
子供の頃は、年に一・二度しか会う事ができなかった自来也。
けれど会えば必ず蝦蟇を出して遊んでくれた自来也を、幼い俺は何時も心待ちにしていた。
大小様々な個性あふれる蝦蟇達との触れ合いは、幼い俺にとって何より楽しい心躍る一時だった。
けれど楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまう。
爺ちゃんへの報告を終え、束の間の休息が終われば自来也は再び旅に出てしまう。
だから俺は、その時が来ると決まって、毎回のように嫌だと駄々を捏ねては周りを困らせていた。
なので時折自来也は、連絡用の蝦蟇を一匹残して行ったりしていた。
そんな理由で、俺が蝦蟇と口寄せ契約を結ぶ頃には、『蝦蟇=自来也』。『自来也=蝦蟇』と言う図式が定着していて、自然と俺は自来也の事を『蝦蟇爺』と呼ぶようになっていた。
始めは弟子の忘れ形見。
使役すべき『九尾』の『人柱力』。
それが何時しか、たまに会う親戚の伯父さんと甥っ子姪っ子のような関係になり、いまでは単身赴任中の父親とその子供のような関係になっている。
なので自来也は、毎回帰郷の度に俺にお土産を買って来る。
珍しい忍具や巻物。地方の銘菓や工芸品。どうやら今回の手土産は服らしい。
簡素な包装紙を開けば、中から漂白剤に漬けたかのように真っ白なキャミワンピースが姿を現した。ご丁寧に上着等の小物迄セットになっているので組合わに迷う事はなさそうだ。
「たまには女の子らしいかっこもしたいだろうと思ってな、これならこれからの季節にも丁度良いじゃろう?」
「……季節的には、丁度良いかもしれないけど……似合うか?コレ」
「似合う似合う!だから今度これを着て酌をしてくれ」
自来也の気持ちはありがたいし、貰った服は……可愛いとは、思う。
飾っけが少なくてちょっと地味だけど、そこが良い。
けれどいかんせんこれは女物である。
性別を偽っている俺(うずまきナルト)は着れない。せいぜいこの家の中限定の部屋着にするくらいしか使い道がない。
せっかく買ってくれたのにそれでは勿体無い気がするのだが、買ってきた本人は、一度でも俺がこれを着用しているところが見られればそれで良いらしい。
それで気が済むのならばと、流されるままにワンピースに袖を通し、俺は一晩そのままのかっこで過ごす事にした。勿論、希望通り、酌をしてやった。
(……つーか、服のサイズが二周り程大きいのは、嫌味か?)
大きく頼りがいのある胸板に背中を預け、蝦蟇達に囲まれながら過ごす一時の宴。
くつろぎつつも頭の中は任務の事ばかり。
里の警備強化に他里の動向調査。
各上忍師、各頭首からの経過報告と指導内容の確認。
中忍試験準備と万が一の時の安全対策。
それに加えて通常任務もこなさなければならない。
人手は幾らあっても足りない。
一時的とは言え、自来也が戻ってきてくれて本当に良かったと思う。
(……蝦蟇爺。帰ってきてくれて、ありがとう……)
夜は深け静寂が漂い始めた室内で、自来也は思い考える。
旅先で手にした報告書の束と、実際に目にしたカカシのナルト(人柱力)に対する言動の数々を。
――時が立つ程に、酷くなって行く子狐に対する憎悪と狂気。
気が抜けて、ウトウトとしだした俺の頭を撫でながら、自来也は問う。嘗ての愛弟子に。
「――ミナトよ、ワシ等の『選択』は間違っておったのかもしれんのう……」
けれど返事は無い。
嘗ての愛弟子は、いまは儚い過去の幻影でしかないから。
眠り掛けの俺は、聞こえないふりをする。聞かなかった事にする。
自来也の『後悔』と『懺悔』を。
そしてそれを、ただ黙って聞いていたテンゾウと蝦蟇達は、酔が冷めて行くのを感じ、残っていた酒を飲み干した。
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2015/03/12 up