作文〜1〜

□Glasses―眩しすぎる君―
1ページ/2ページ


Glasses―眩しすぎる君―

 3年生の夏が終わった。
終わった瞬間に次が始まった。
人生は長くて、その中の高校3年間というのはとても短くて、さらに部活やっていた2年半という時間はもっと短くて、一番欲しかった「甲子園の夏」はもっともっと短かった。
それでも、その時間はきらきらと輝いていて、土に汗にまみれてもまさに「青春」の一ページと言える日々だった。
 

 キラキラとキラキラと・・眩しく輝いていた俺たちの夏は終わった。
 
どんなに輝いた時間だからといって、時間を止めることは誰にもできず新しい季節は既に始まっていた。

 秋が始まった頃、野球部のメンバーはそれぞれの進路に頭を悩ませていた。
いまだに同じクラスになったことがないバッテリーの二人。
夏が終わった途端に、会う時間が極端に減ってしまった。

 三橋は阿部に相談したいことがあった。相談ではない。
伝えたいことがあった「同じ大学に行きたい」と。
三橋の頭では正直阿部が狙っている大学に受験で合格する確率は低かった。
ただ、野球の推薦で同じ大学に進学できる可能性があるのではないか?と最近思い始めていた。
 
毎日、毎日、悩んでいた。
今日は、明日は、明後日は相談しようと。そして、一番大切なことを聞きださないといけない。

 ―阿部くん どこの大学 行くのかな・・野球 続けるのかな―
 そう、相談以前の問題である。阿部の進路に関して何も知らなかった。

 重い腰を上げたのはそれから1週間経過してからだった。
そんなに、変なことじゃないはずだと何回も自分に言い聞かせた。
現に他の野球部のメンバーには簡単にどこに進学するのかと尋ねたことがあるのだから。
それでもぐずぐずと悩んでいた時に叶からメールが来た。

―廉 三星帰ってこないの?―

短い内容だったが、その1行には叶がもう一度一緒に野球をしたいという思いが伝わってきた。
それから、三橋にはこの『三星学園』の大学へ進むことも考えておかなくてはならなかった。
両親は好きにしてもいいと言ってはいたが、消すことはできない選択肢の1つだった。

 ―早く聞かなくちゃ。今ならまだ間に合う―

 3年7組 昼休み ドアをゆっくりと開けて阿部の姿を探す。
1学期には何度も訪れたこの教室も久しぶりに見渡せば以前とは違う教室にも感じる。
昼休みが始まったばかりだから、弁当を広げたり、学食に向かう騒がしい中一人まっすぐ黒板に書いてある文字を写し取っている阿部の姿が見えた。
 入口から声をかけようか、近くの人に呼んでもらおうか?と悩んでいたが、三橋はその姿に目を奪われたまま立ちすくんでしまった。
―違う。あれ・・あべく ん?―
 黒板から目を逸らさず、ならめかにシャープペンシルが動く。
時々マーカーペンを取り出し教科書にラインを引いている。
あぁ、そんな時にもちゃんと定規を使うのか・・。そんなことを頭の片隅で考えながら、じっーと阿部を見つめていた。
―阿部くん 阿部くん・・―
 念を送るように、祈る気持ちで心の中で名前を呼んだ。

 すると、ふと手を止めて廊下でおろおろと不審な動きをしている三橋を見つけた。
阿部は一度瞬きをして、ぐんと背伸びをした。
それから、ゆっくりとそれを目元から外してケースに閉まった。
三橋に一度微笑んだ後、歩いてきた。

「んだよ。用事あるなら声かけりゃーいいだろう?」
 三橋は視線を逸らしながら、おろおろと阿部から逃げ出しそうになった。
「俺に用事じゃねーの?飯は?久しぶりに一緒に食うか?」
「俺 オレ ご飯 まだだよ。」
「学食行くか?お前弁当?」
「オレ 今日 パン買おうかなって思った。弁当は早弁したから」
「うしっ じゃ、パン買って屋上ででも食うか?それともうちのクラスで食う?」
ふと、阿部が自分の教室の方を振り返った。瞬間、三橋が遮った。
「やだ。」
「そ うか・・じゃ、先に屋上行ってるからパン買ったら持ってこいよ」
弁当をとりに机の方に向かおうとした阿部の手を、三橋はぎゅっと握って教室に入れないように引きとめた。
「いてっ なんだよ。弁当持ってこねーと。」
「阿部くん あの メガネ メガネ いつから?」
ちらっと、阿部の席に視線を送り又逸らした。
阿部の腕から手を離した、三橋の指は行き場所を探しあちこちと動かした後に自分の指同士を絡めて落ちつかせた。
「あぁ メガネ?似合ねーだろ?」
阿部が柔らかく笑った。三橋はうつむいたまま、頭を振った。
「に あうよ。かっこいいです。」
「つーか。んなこと言うと照れるじゃん。」
「あ でも そのいつからかけてるの?」
「二学期入ってからかな?黒板の字 ちょっと見えにくいから授業中だけな。
落ち着いたらコンタクトとかにしてもいーけど。
なんか、勉強できるっぽく見えんだろ?待ってろ。持ってくっから・・」
「いい いいよ。オレ 昼 教室帰って食べるね。皆 待ってるかも」
「え?お前 なんか俺に用事あったんじゃねーの?」
「ううん いそがないよ。又 でいい。」
「そっか・・?」
「阿部くん あのね あの オレね。オレ・・」
「やっぱり話聞くって。とりあえずさ。パン買ってきなよ。オレここで待ってるからさ」
三橋の大きな瞳からじわっと涙が溢れた。心より身体が正直で、溢れる涙を自分で止めることができなくなっていた。

「三橋?」
阿部の優しい声がさっきから耳をくすぐる。

理由なんてない、メガネをかけた阿部が別人に見えた。ただそれだけ。

理由なんてない、さっきから阿部が優しく話してくれる。ただそれだけ。

2年半、野球部にいた阿部と今目の前にいる阿部がまるで別人のよう。ただそれだけ。

ちょっと、会わないだけでこんなに知らない人になれちゃうの?

だったら、もし・・違う進路を選んだら・・もう・・もう・・



「三橋?どうした?」
ふと、我に帰り涙をぬぐった。久しぶりに着た長袖シャツに涙はじんわり染み込んだ。
「俺の知らない阿部くんが沢山いる  ね」
そう、一言残して三橋は走り出した。
 阿部はぼんやりと三橋の後ろ姿を見つめていた。

→2P目へ→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ